08
夜が明けていた。砂漠の向こうの、海の向こうの地平線に橙色の太陽が昇っている。勝利の光?歓喜の光?新たな旅立ちへの光?
あぁ、ふざけるな。光?そんなもの、そんなもの、今の私には眩しすぎる。
歓喜の中、私は独り闇の中。雨音の雑音の遠くにさざ波に耳を傾けながら夜空を見上げていた。
「あぁ、終わっちゃった」
終わっちゃったよ。何だろこの気持ち。緩む頬と反対に止まらない涙。
「あはは、泣きすぎてからからになりそう」
あぁ、本当に終わったんだ。何で笑ってるんだろう私。おかしいな。彼とお別れなのに。
砂の香りがする。本当に良い国だな。
「さて、時間だ」
腰には短剣と銃。白ひげのバックルが笑う。ここに来た頃と比べて遥かに伸びた髪を靡かせバンダナを締める。彼といた証は何一つない。ここに来た時となんら変わりのない姿。でも彼と私の心が重なった証はある。
「ねぇ、僕くん」
そっとお腹に触れた。私は独りじゃない。
アラバスタ、東の港、タマリスク。海軍の戦艦が停泊していた。
彼の左手に鉤爪がない。代わりに鈍く光る鎖がかけられていた。
「悪運尽きたな」
「……」
スモーカーと対峙した彼は口を開かない。
私は風になり上空から彼を見つけた。彼を見た瞬間、胸の高まりと同時にまた涙が溢れ出しそうになった。それを、ぐっと堪える。
「風盾」
私の周りを風が取り巻く。そのまま私は地上に舞い降りた。
「風来!?てめぇ、何しに来た」
「お前に用はない」
円を広げ、音が消えた。
「クロコダイルさん」
「……First name」
触れられない距離。触れない距離。これが、今の私とあなたの距離。
「あー、ここまで来ておいてなんなんですけど。別に助けるつもりとか……」
「黙れ」
「すんません」
「……First name」
「……はい」
彼の手が、そっと伸びてきた。鎖が冷たく鳴る。彼の手が私に触れることはなかった。
「クロコダイルさん、いってらっしゃい」
「あぁ」
さよならなんて言わない。待ってるなんて言わない。さよならじゃないし、待ってるなんて口にしなくても当たり前だもの。
あぁ、でも本当は、愛してるって言いたかった。
本当は、愛してるって言ってほしかった。
「クロコダイルさん」
「First name」
あぁ、大丈夫。あなたが名前を紡ぐだけで、私は大丈夫。ねぇ、あなたも大丈夫だよね。
目と目が交じ合い。心が通じ合う。
クロコダイルさん、暫しの別れです。
優しい風が吹いた。それは砂の香り。[ 278/350 ][*prev] [next#]
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