02
その時はきた。
朝、いつもと同じでいつもと違った。隣でまだ眠っているクロコダイルさん。先に目覚めるなんて珍しいにもほどがある。何だか胸が騒ついて仕方なかった。なのに妙に穏やかな朝だった。
「……早ぇじゃねぇか」
「おはようございます。クロコダイルさん」
こうやって朝をともにできるのは後何回?もしかして今日が最後?
「どうした?」
「いえ、今日はちょっと出掛けたい場所があって」
「……聞いてねぇ」
「あれ?そうでした?」
とぼけたように言ってみせた。ベッドからおりようと背を向ければ腰に絡められた太い腕。どきんと胸が高鳴る。
「どこに行く?」
「顔を洗いに……」
「違ぇよ、馬鹿」
「うわっ」
暴言とともに腰を引き寄せられれば背中に当たる逞しい胸板。肌と肌が触れ合うその感覚に鼓動が速度を増す。
「何処に行くんだって聞いてんだよ」
「えっと……」
何処に行けば良いんだっけ?もう随分昔の記憶だから曖昧になってる。
「香水の……」
「ナノハナか。何しに行く?」
「……弟が……」
言って良いものかと一瞬迷ったが今更隠し事なんて馬鹿みたいだと思った。
「弟がいるはずなんです」
「お前、弟なんていたのか?」
「白ひげ海賊団は皆家族ですから」
そう言えば、あぁと納得したようだ。同時にくだらねぇなと言われた気がした。
「あまり、遅くなるなよ」
「え……ッ」
耳元で囁かれた声があまりにも小さくて、振り返って聞き直そうとすれば、振り返るなとでも言うかのように首筋に甘くて苦い口付けをされた。
あぁ、きっと跡が付いた。顔に集まる熱を冷ますように手で扇ぎながら洗面所に向かえば鏡に映る自分の姿に驚愕した。
身体中いたる所に残された跡。そんなに昨晩の情事は激しかっただろうかと思い返す。確かにいつもより前戯が丁寧というかしつこいというか……。思い返してまた身体が火照った。
鏡に映る身体を見つめ、視線が下がっていき腹部で止まった。無意識にお腹に手を当てていた。
妊娠中ってセックスして大丈夫なんだっけ?そんなことを初めは気にしていたが、求められれば断わることなんてできないのだから考えるのはやめた。
シャワーを浴びて出れば彼はデスクの椅子に沈んでいた。まだ、はっきりと目覚めてはいないらしい。
「はっ、良い眺めだな」
葉巻をくわえながら、ちらりとこちらを見た彼は鼻で笑った。きっとタオルで隠せない部分の肌のキスマークのことを言っているのだろう。
「酷いです」
「悦んでたじゃねぇか」
「……」
何を言うんだと、白けた視線を送った。
「じゃ、私着替えて出掛けるんで」
付き合ってられないと思った私は、くるりと背を向けた。次の瞬間、砂に包まれた。
「……ッ」
首筋に与えられた鋭い痛みに目を剥く。噛み付かれたそこを手で抑えながら彼を見上げた。
「何?」
「何でもねぇよ」
本当に何でもなかったように彼はシャワールームへと消えた。残された私は、ただ佇むしかなかった。[ 252/350 ][*prev] [next#]
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