08
苦しくて苦しくて、海の底にいるようだった。もがいてもがいて、酸素が欲しくて首に手を当てるも苦しさが増すだけ。
「あ、あ、あっ」
どうしてこんなことに。ただ、私は彼の傍にいたかっただけなのに。ただ、私は、私は……。
「お願い」
「First name?」
縋るように彼の腕を掴んだ。どうして良いか分からない。だって、あなた以外の男に抱かれた自分が許せなかった。こんなにも自分が汚らわしく感じたのは初めて人間の血を浴びた時以来だった。震えるのは恐怖からじゃない。自分に対する怒りだ。
「クロコダイルさん」
鉤爪のない手を自分の首元に当てた。
「穢い私はいらない」
どうして笑顔を浮かべられたのか。きっと諦めたから。もう、ここまでだって。良かった。良かった。絶望に泣く声を聞かなくてすんだ。良かった。良かった。
「馬鹿野郎……ッ」
あれ、おかしいな。温かい。温かくて涙が出るよ?
「お前は汚れてなんかいねぇよ」
「え」
「お前を……」
俺以外の男になんか抱かせるわけねぇだろぅが。
「クロコダイルさん……ッ」
あぁ、そうだ。本当は分かっていた。あんな温もりを感じない抱き方をしたのは彼だって。でも、それを認めたくなかった。だって怖くて怖くて。あんな、あんな、愛の残像もない交わりを認めたくなくて。
愛の言葉なんて囁かれたことない。でも、交わっている時は愛されている錯覚が生まれた。なのに、それさえもないなんて、ただの性欲の処理をされているだなんて認めたくなくて。私のプライドが許さなくて。心のどこかで私は他の女と違うんだって、私は特別だって。
「あぁあああ!」
声を上げて泣いた。みっともない。いい歳こいて子どもみたいに縋って泣き喚いて。
「どうして!?どうしてあんな風に抱いたの!?やめてよ!やめてよ!私を他の女と一緒にしないで!やめて!あんな!あんな風に抱かないで!触らないで!」
初めて彼に対して本音を、怒りをぶつけた。そう、私は怒っているんだ。悲しかった。確かに悲しかった。でも腹立たしかった。私を見てない彼が。誰を抱いているのかもわからず行為をしている彼が。
「嫌なの!本当は嫌なの!でも、でも、あなたの傍にいられないのはもっと嫌なの!お願い!」
あぁ、どうかお許し下さい。私の我儘を。
「抱いてる時ぐらい、ちゃんと私を見て!」
私が拒めないはずがない。私は海賊だ。悪魔の実だって食べた。賞金だってかかってる。私が本気で拒めば彼の腕だって逃れることは容易い。
それをしなかったのは心が分かっていたから。頭で否定していても心は知っていたから。今、こんな酷い抱き方をしている相手が彼だっていうことを。[ 248/350 ][*prev] [next#]
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