04
手を伸ばした。天井がやけに遠く感じた。手を伸ばせば風になって、すぐに届いたのに。届かない。まるで羽根をもぎ取られた気分だった。
「あ、あっ、クロコダイル、さん。どこ?どこ!?」
いない、いない、見えない。クロコダイルさん、クロコダイルさん!
「え、やだ、だめ」
体の震えが一層に増した。
「挿れないで、挿れないで!だめ!クロコダイルさん!……ッ」
視界が真っ白になった。頭が、ふわふわする。次の瞬間、背筋に悪寒が走った。ガタガタ震える体が止まらない。自分の体なのに自分の体を制御できない。まるで、能力を得たばかりの時のようだ。体と心が引き裂かれたような。
「クロコダイルさん、クロコダイルさん、クロコ、ダイル、さ……」
プツンと世界が終わった。
クロコダイルは息を切らしながら、意識を飛ばした彼女を見下ろしていた。何が何だか分からなかった。名前を呼ばれていた気がする。それも、どこか遠くのような、夢の中でのような……。
「……First name?」
泣き腫らしたような彼女の頬に手を伸ばすが、戸惑う。何故、戸惑う?
涙の跡が痛々しい。触れてしまった瞬間、弾けて消えてしまうかのような恐怖を抱き、恐る恐る触れた。が、反射的に離してしまった。冷たい。冷たい。死んで……。
「おい、First name?……ッ、First name!」
「……ん」
縋るように肩を揺らし叫べば、微かな反応が返ってきた。生きてる。ほっと胸を撫で下ろせば、痛みを感じた。
引っ掻かれたような傷が腕に幾つも付いていた。背中も気にしない程度だが痛みがある。
俺は何をした。鉤爪のない空虚な左手と、人間の形をした右手を見る。
名前を呼ばれた。助けを求めていた?誰が?誰に?何故?
「First name……」
何で泣いた?誰がお前を泣かせた?誰が、傷付けた?
生臭さが鼻を掠めた。ゆっくりと視線を下ろしていけば、まだそこは繋がったままだった。
「俺は、何を……」
わけが分からなくても体は覚えている。抱いた。俺は確かに抱いた。でも、何故泣く?何故?
彼女の左肩は、はっきりと手形が残っていた。よく見れば彼女の唇は切れ、手には爪痕からじんわりと血が滲み出ていた。
「First name」
俺が傷付けたのか?なのにお前は、お前は、俺に助けを求めていたのか?
心も身体も渇き切っているはずなのに水の香りがした。[ 244/350 ][*prev] [next#]
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