03
仕事から帰れば何やらクロコダイルさんは機嫌が、否、気分が悪いらしい。
「クロコダイルさん?ただいま戻りました」
「……」
控え目に声を掛けてみれば、ジロリと睨まれた。どうオブラートに包んでみても彼の機嫌が悪いのは事実でしかないようだ。
どうしたものかと思っていれば、また手招きされた。先ほどのことを思い出し、ちょっとどぎまぎしながら近付けば、さっきとは違う甘さの欠片もないキスを与えられた。
「……ッ」
やだ、苦し……。
噛み付くような口付けに残っていた熱が落ちるように下がっていく。絶対零度にまで冷え切った気がした。
「……ッ、痛っ」
ピリッとした痛みの後、じんわりと口の中に鉄の味が広がった。唇を噛み切られた。
嘘、やだ、怖い。
「クロコダ……」
最後まで彼の名を紡ぐことができなかった。気付いたら視界は滲み天井しか映していなかった。
分からなかった。私、何かしたかな?彼の機嫌を損ねるようなことしたかな?
分からなくて、分からなくて、誰に抱かれているのかも分からなくなった。感情が置いていきぼりにされた。
「やっ、だぁ!」
怖い怖い怖い怖い!いや、やめて。触らないで。だめ。触らないで!やだ、やだやだやだやだ!
カッと目を見開いた。ぼろぼろと落ちる涙。やだ、どうしよう。お腹に赤ちゃんが、子供が、私の、私と彼の、クロコダイルさんの、子供が!
「やめて!やめて!触らないで!」
もがいた。手を振るって脚を投げ出して、もがいた。今、私に触れているのが誰の手なのか。今、私の体に口付けているのが誰なのか、分からなかった。
ただ、守りたかった。クロコダイルさんしか知らない自分の身体を。ただ、護りたかった。私の中に生きている……。
私は叫んでいた。彼の名前を。救いを求めて彼の名前を呼び続けていた。
「助け、て!助けて!クロコダイルさん!やっ、クロコダイルさん!助けて!クロコダイルさん!」
どこにいるの?クロコダイルさん。どこにいるの?見えないよ。見つからないよ。クロコダイルさんの温もりが探せない。どこ?どこいっちゃったの?
私は、ここにいるよ。[ 243/350 ][*prev] [next#]
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