15
「あれ、First nameちゃん?どうし……First nameちゃん?」
グラスを拭いていた店長の手が止まる。
「……」
「……」
私は昨日くしゃくしゃにした一枚の紙を店長に見せた。
「白ひげ海賊団、一番隊隊員。7230万ベリーの賞金首。風来のFirst name」
深く被ったフードを外す。
「それが私の正体です」
「……」
「驚かないんですね」
「薄々、気付いていたからね」
止まっていた手が動きだす。店長の横顔はいつもと変わらず穏やかだった。
「……短い間でしたが、お世話になりました」
「……」
音のない間。私は何を期待していたんだろう。私に何を言ってくれると思ってた?海賊だよ、私は。
踵を返し店を出ようと足を踏み出す。
「寂しくなるね」
背中に掛けられた言葉。思わず足が止まる。
「いつでも遊びにおいで」
「……ッ」
込み上げてくる思いに耐えられなかった。鞄をその場に落とし振り向いて勢い良く店長に頭を下げた。
「ありがとうございました!」
あぁ、何て幸せ者なんだろう。
「感動の別れね」
「そうでもないですよ」
あれほど向こうの世界で手に入れたくて、もがいてもがいてもがいて掴めなかったものが、この世界では二つもできた。
「じゃあ行きましょう」
「はい」
こんなに持ってしまって良いのだろうか。手に入れれば入れるほど失うのが怖くなる。
怖くなって怖くなって怖くなって、逃げたんだよ。私は。
ナナちゃん。ナナちゃんは幸せを手に入れた時、どう感じた?怖くなかった?私は怖くて仕方ないよ。力を手に入れて強くなったのに心は独りの時より弱くなった気がするんだ。[ 155/350 ][*prev] [next#]
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