06
剣と剣が交じ合う音に混じって、聞き慣れた蹄の音が風に乗ってくる。ヘルは本から顔を挙げて南の塔、天を割る塔の方を見る。
「ヘル?どうかしましたか?」
「ん、べつに」
首を傾げたアトラス。しかし、その答えは太陽に照らされ颯爽と現れた黒馬の登場で納得した。
「シリウス、遅かったですね」
「シリウス!」
黄色い声を上げたのは妹のアフロディーナだった。彼女の抱き付き癖には、ほとほと呆れる。キースも苦労するだろう。黒馬から優雅に舞い降りた彼にディナは抱き付いた。
「あ、こら!ディーナ!」
「ちょっ!キース!勝負はまだついてないわよ!」
キースがアフロディーナに気を逸らした。どうやら今日はここまでらしい。
「触るな」
「おい!乱暴にするなよ、シリウス」
まとわりつくディナを押し退けたシリウスをキースが咎める。よろけたディナをしっかり抱きとめながら。
「馴れ馴れしいそいつが悪い」
「またシリウスはそんな言い方して」
剣を鞘にしまったベラ。すっかり気が削ぐれてしまったらしい。
とても穏やかな昼下がり。産まれた時から共に育ってきた六人の間には確かな絆があった。確かな。
それはとても儚い確か。
不意に悲鳴が聴こえた。それは人のものではなく、獣の叫び。
「レグルス?」
ヘルの手から滑り落ちた本。何かに誘われるように立ち上がったヘルは森の奥の奥を睨む。
次の瞬間、傍らに置いてあったアトラスの剣を掴み森の中へと駆け出した。
「ヘル!」
誰かがヘルの名を呼んだけど、ヘルの耳には届かなかった。
走った。
ヘルは、ただ無我夢中に走り抜けた。枝に引っかかってドレスが切れようとも泥がはねようとも、走った。[ 8/46 ][*prev] [next#]
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