01
十六才になって一ヶ月、十五才の頃となんら変化もない穏やかな日々を送っていた。しかし、ヘルには今日行かねばならない場所があった。朝から明らかにそわそわしていた様子のヘルをシディアスが見逃すはずがない。
「ヘル様、どちらへ?」
「え、別に?」
「どちらかに行くのならば、双子を連れて行って下さい」
「あー、でも二人も鍛練とか……」
「貴方を護るための鍛練です。貴方の傍にいないで何が侍衛ですか」
「おっしゃる通りでございます」
本当に筋通りのことを言うシディアスに仕方がないので双子を付けて東狭間の森へと向かった。
「ヘル様、最近東狭間の森には闇色ウルフという通り名の狼がいるそうです。東の国でも問題になっているそうですが、本当によろしいのですか」
ポルックスが心配気に言った。言葉の裏は行くなということだ。
「えぇ、レグルスに会うの」
「あぁ、あの金獅子ですか」
ポルックスとは反対にカストルは特に気にした風もなく空を見上げながら付いてくる。そんな呑気なカストルにポルックスは溜息を零し小突いた。
「二人とも、ついて来るのは構わないけど。邪魔だけはしないで」
いつになく真面目な顔で言ったヘルに、これは正式な命令だと受け止め拳を左胸に添えた。
ヘルの気持ちは急いていた。早く、早く、会いたくて。不安な気持ちを全て吐き出してしまいたくて。
「レグルス!」
獅子は水の精が棲むという謂れのある湖の傍に咲く、牡丹の下で身を休めていた。
双子に湖の入り口で待つように告げ、ヘルはレグルスへと駆け寄った。すると獅子は、まるでヘルが来ることを知っていたかのように、ゆっくりと身を起こした。
ヘルの足の勢いが緩む。あの日の夜のことを思い出してしまう。あの愛おしい獅子にやっと会えるのに、なのに、心が怯えている。また拒絶されてしまったら今度こそヘルは立ち直れないだろう。
「ヘル」
「……ッ」
獅子は湖の入り口で控えている双子を見、ヘルへと視線を向けた。金の瞳とまた視線が交じ合えただけでヘルは喉の奥が熱くなる。
「さぁ、おいで」
「あぁ、レグルス!」
ヘルはその鬣に顔を埋めた。
「ごめんなさい!ごめんなさい!会いたかった。本当に、会いたかった」
「泣かないでおくれ、ヘル。其方が泣けば星たちが悲しむ」
「レグルス、愛してるわ」
慰めるように、ざらついた舌で涙を舐めたレグルスの頬に唇を寄せた。
「私もだよ。ヘル、愛してる」
あぁ、満たされる。
「だが、ヘル。本当は違う者を愛おしく想っているのだろう?」
「……ッ」
全てを見抜く獅子。頭を過った顔に震えた吐息が漏れた。
「レグルス、愛は、愛は、一つじゃないでしょう?」
「もちろんだ。だが、ヘル。今、君が想った私への愛と、彼への愛は同じかな?」
「……ち、違うわ」
「そう、愛は多種多様。様々なカタチをしている」
「私、私、どうしたら良いのか分からなくて!謝りたくて、でも、許せなくて!でも、でも、愛おしいと想ってしまったの!」
これは疚しい想いですか?これは、赦されない想いですか?
「ヘル、その気持ちを大事にしなさい」
「え」
「手を出して」
獅子の言う意図が分からぬも、ヘルは言われた通り両手を前に差し出した。
「水を掬うように両手を合わせて」
お椀を作るようにすれば、そこには何もないはずなのに何故だが零してはいけない何かが注がれている気配がした。
「さぁ、それを大事に大事に胸に当てなさい」
不思議ともう疑問など消えていた。そうすることが当たり前のように私はそっと胸に手を当てた。
ふわりと温かさが染み渡ってくる。
「あ」
ほろりと右目から雫が零れた。
温かさの中に痛みにも似た疼きが胸を締め付けて。
「ヘル」
「レグルス、私、私……」
「それが、恋だよ。ヘル」
あぁ、どうかお許し下さい。痛む胸に誓って、私は、私は、彼を愛おしく想っております。[ 41/46 ][*prev] [next#]
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