08
シディアスは泣きそうだった。自分の主の寛大さに。いや、考えなしに。
「ヘル様、それは犬猫じゃありませんよ」
「何を言ってるの?見れば分かるわ。彼らはどこからどう見ても……」
分かっているのなら何故とシディアスは今度こそ頭を片手で支えた。
「人間じゃない」
そう、人間だ。
ヘルはシディアスに興味を持った時と同じように道端で蹲っていた子供に興味を持ったのだ。
「あなたたち兄弟?」
「双子だ!貴族が何のようだ!」
ヘルの問いかけに少年の方が少女を庇うように前へ出る。怒鳴る声は、まるで野犬のようだった。薄汚れた布萩のような服、灰色の髪と肌、孤児だとシディアスはすぐに察した。
城下と言っても一歩路地裏に入ってしまえば今もまだ貧困層がうじゃうじゃといる。城下だからこそ貧富の差が目に付くと言っても過言ではない。
「双子?私も双子なの。貴方がお兄さん?」
「わ、私が姉よ」
「姉ちゃんは下がってろ!」
おずおずと手を上げた少女に少年がさらに前に出る。少年の手には鉄の棒が握られていた。シディアスは自然と腰に差さる剣の柄に手を掛けた。それに気付いたのかヘルが手を横に伸ばす。
下がれと言うのか?この状況で。
「良い目をしている」
唸る獣のような少年の目を見据え呟いたヘルの言葉をシディアスは聞き逃さなかった。
あぁ、やはり、私の主は……。
シディアスは柄から手を離し、その場に跪く。それは忠誠を誓う姿。
「ヘル様の思うがままに」
「うむ。双子よ、名はなんという?」
「名は、ない」
「名がない?それは面倒ね」
少年は恥じるように言った。
「よし、私が二人に授けよう。姉はポルックス、弟はカストル」
ヘルは空に輝く双子の名を二人に授けた。
「名前は大切よ。そのものがそのモノである証。しかし、名は恐ろしい。呪いの言葉でもある。そう、お父様が言ってらした」
「私がポルックス?」
「俺がカストル?」
「私と一緒に城へ上がろう」
差し出した自分たちよりも幼いヘルの手を二人は取った。二人は、ようやく人の生きる道が始まる。
こうして、買い物のついでに人間を拾ってきたヘルは、こっぴどく国王に叱られるのだった。[ 37/46 ][*prev] [next#]
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