05
二人を部屋に残し、ヘルはアトラスとベラトリクスの出立を見送りに行った。
「ベラ、手、大丈夫?」
「えぇ、アトラスが大袈裟なだけよ」
馬に跨ったベラトリクスを見上げるヘル。彼女はひらひらと手を振って大丈夫ということを示した。
「でも……せめて、馬車にしたら?」
「あら、やだ。誰にいっているの?ヘル」
冗談でしょう?と笑うベラに、もう何を言ってもきかないと分かったヘルは首を横に振った。
「ごめんなさいね、ベラ。私のせいで」
「そうね」
謝れば、あっけからんと肯定される。酷いとか思ったヘルは自分の甘さに苛立った。
「でも、許すわ」
「ありがとう」
「ベラ、そろそろ行きましょう。日が沈んでしまいますよ」
「えぇ」
どうやら心配性のアトラスはベラトリクスを城まで送るらしい。お付きの者は沢山いるのに。
「ヘル、また」
「えぇ、アトラス、また」
ヘルは二人の遠のく背をいつまでも見つめていた。仲睦まじい二人の背が羨ましいだなんて、初めて思った。
独り、芝生の上に腰を下ろす。見上げた空は真っ白な雲が穏やかに浮かんでいる。
「あぁ、独りぼっちなのは私だけなのね」
「ヘル様」
「シシー」
「ヘル様、私はいつだって貴方様のお傍に仕えておりますよ」
侍女の思い掛けない言葉に目を見開く。無愛想で決して甘やかさないこの侍女からそんな言葉が出るとは思いもしなかった。
「たとえ、貴方様が何処へ行こうとも私の主はヘル様だけでございます」
「シシー、あなた、頭でも打った?」
「……はい?」
笑顔で首を傾げたシシーの背に鬼が見えた。
「じょ、冗談よ。嬉しいわ、シシー」
「私だけではありません」
「え?」
「ヘル様!聞いて下さい!あの姉が俺にデレま……ぐっ!」
「カストル!口を慎みなさい!ヘル様、申し訳あらません、どうか愚弟の馬鹿さをお許し下さい!」
「馬鹿さって!姉上!馬鹿さって何すか!?」
ぎゃあぎゃあ言いながら現れたのは双子の騎士。ポルックスとカストルだ。普段は城の衛士ということになっているが、本当のところはヘル専属の護衛騎士だ。
「ほら、こんなにいますでしょう?」
「たった三人じゃない」
「残念ながらここにはいない私の夫も含めれば四人です」
「四人ね」
「ご不満ですか?」
「いいえ、全く」
シディアスは幼い頃行ったパティーに来ていた大臣の末娘。パティーの端っこでつまらなそうにしていたシディアスをヘルが気に入ったその時からシディアスはヘルの侍女となったのだ。[ 34/46 ][*prev] [next#]
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