03
「お姉様いらっしゃらないの?」
「はい、昨日のパティーでお疲れのようで」
ヘルは特別理由をシディアスに伝えなかったが、何で何で病のアフロディーナがそれで頷くわけがないと知っている侍女は適当にそれらしい理由を添えて伝えた。
「そう。お姉様、ああいう場所は苦手ですものね」
明らかにしょぼくれたアフロディーナの柔らかい髪をキースが慰めるように撫でた。
「具合が悪いようなら、僕が少し診てきましょうか?」
「いえ、ヘル様はもうお休みになられたと。誰も部屋に近付けないようにと言付かっております」
「そうですか。心配ですね……」
心配気な顔のアトラスにシディアスは内心余計なことをするなよと毒吐いた。
「まぁ、仕方ないわね。下がっていいわよ」
ベラトリクスが溜息を零しながら侍女を下がらせた。
もう見向きもしていない王子、王女たちシディアスはきっちり頭を下げ、部屋を後にした。
「酷い人たち」
決して口にしてはいけない言葉を零した侍女。自分の主は妹君のように万民受けする美しさを持っているわけでない。どこか暗い部分を持ち合わせた王女だ。たちの間でも噂している。しかし、シディアスはヘルが主であることを誇りに思っていた。
幼き頃から側で仕えさせて頂いている。愛想も、お世辞もない、侍女としては欠陥だらけのシディアスをお気に入りのように側に置いてくれている。
一見、冷めた風で何を考えているか分からないと言われているが、それは王女が冷静で思慮深い方だから。いつも何が正しいのか、何が真実なのかを見極めていらっしゃる。
それに、妹君を見つめる視線は陽だまりのように温かい。それを皆は気付かないのだろうか。別に気付かなくても良い。自分だけが主の良さを知っていれば。別に良い。私だけがあの笑みを向けられていれば。
「ヘル様」
「シシー、ちょうどあなたを呼ぼうと思っていたの」
シディアスをシシーと愛称で呼ぶのは彼女だけ。
「あなたの紅茶を飲みたくて」
「かしこまりました」
こうやって穏やかな日々を過ごすのがシディアスの喜びだった。
私の主、ヘル様はこの世界では珍しくお優しい方だ。[ 32/46 ][*prev] [next#]
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