02
大理石を叩くヒールの音が随分と虚しく響いていた。いつもなら気にも止めないことなのに、何故か今はその残響までもが気になって一歩一歩踏みしめてしまう。
「ヘル」
ヘルの名を呼んだ父、オーディンの声は悲痛なまでも弱々しい声色だった。王の間には、いつもの側近も兵もいない。
ヘルとオーディンの二人きりだった。
「十八になったか」
「はい」
「そうか」
真夜中、零時を針が超えた時、王の間に来るようにと事前に言われていたヘルは、独りベッドから抜け出し王の間へと赴いていた。
「今宵より、お前を生有る限り天を割く南の塔へ幽閉する」
「……」
やっぱり。
そう思った。ヘルは知っていた。自分が十八になれば幽閉されるということを。城の書庫の地下にある禁書棚に王家の掟が記された書があった。
そこには残酷な王家の運命が偽りなく刻まれていたのだ。
「はい、その命、この命をもって果たします」
「……ッ、ヘル!私は」
「父上、良いのです。これが我らが先祖様が定められた掟なのですから」
「知っていたのか!?」
「……」
頷くヘルに、オーディンは頭を抱えた。
「ただ一つ、私は過ちを犯してしまいました」
「過ち?」
「自分の運命を知っていながら、私は、私は、人を愛してしまった」
あぁ、本当に馬鹿だ。
愛なんて、愛なんて、結局は夢物語でしかないのに。
「どうか、彼が傷つかぬよう」
「ヘル、城の者を初めとして、お前を知る者からお前の記憶が消える」
「そう、ですか。それを聞いて安心しました」
良かった。
彼が苦しむなんて自惚れかもしれないけれど、彼が傷付く姿を想像するだけで胸が締め付けられる。
どうせなら、いっそ、全てを忘れてくれたほうが……。[ 24/46 ][*prev] [next#]
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