10
森を抜けると頬に当たる風が穏やかになった。次第に振動が緩くなり完全に止まる前にヘルは腰に巻かれたシリウスの腕を払い、転がるように馬から下りた。
否、落ちたと表現する方が正しいだろう。
「ヘル!」
珍しくシリウスが焦った声を上げた。黒馬の綱を引き、馬を止める。黒馬が苦し気に鳴いた。
「お姉様!?」
「ちょっ、どうしたのよ!」
森の入り口で待っていたディナとベラが駆け寄ってきた。
「ヘル、大丈夫!?あんた……」
「お姉様、大丈夫!?」
俯いて立ち上がろうとしないヘルの前にディナが膝を付き顔を覗き込んできた。ヘルは顔を逸らした。
今は純真無垢な妹の目を見たくはなかった。
「お前、何してんだ」
「……ッ」
ディナを押し退けたシリウスはヘルの胸倉を掴み、無理矢理顔を挙げさせた。
「私は降ろしてって言ったわ!」
「……夜の森にお前を残しては行けない」
「……ッ、ずるい」
「何とでも言え。お前は間違ってる」
「……ッ、そうやっていつもあなたは私を否定するのね」
私は嘲笑うような笑みを作りシリウスに強い視線を向けた。
顔に掛かった忌々しい髪を払い、立ち上がる。皆に背を向け城へと向かった。
背に掛けられる言葉はどれも私を心配するものだったけど、今の私は素直に足を止められる余裕はなかった。[ 12/46 ][*prev] [next#]
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