08
剣から滴る赤。
それはヘルが握り締めている剣の刃ではなかった。赤を辿りながらその剣の持ち主を見上げれば、それは黒を身に纏うシリウスだった。
色のない瞳、銀の髪の隙間から微かに見える横顔に一瞬見惚れてしまった。彼の背中が大きく感じた。
「何を考えている」
「え」
振り向いた彼の瞳は、鋭さを増していた。怒りを露わにした表情ではなく、怒りを秘めた彼の姿は心を震えさせた。
「だって……」
軽はずみな行動だったと自覚している分、返す言葉もない。
獅子の呻き声が漏れた。ヘルは、はっとしたように獅子を見た。獅子は体を支えることも辛くなったのか、うずくまるように体を傍らの木に寄せていた。
「レグルス!」
ヘルは剣を投げ捨て、獅子の元へ駆け寄った。獅子の身に纏う威厳が消えていて、ヘルは戸惑った。触れても良いものなのか。伸ばした手を宙で彷徨せながら傍らに膝を付く。
「レグルス?レグルス!」
「ヘル、すまない。怖い思いをさせたな」
「そんな!そんなことないわ!私は、私は、あなたが傷付く方が怖い……ッ」
獅子の首に腕を回し、その鬣に顔を埋めた。獅子の温もりがいつもと変わらないことに少なからず安堵して。
馬の蹄の音がした。顔を少し挙げて見れば白馬にキースとアトラスが跨っていた。
「ヘル!大丈夫ですか!?」
「アトラス!レグルスが!レグルスが怪我を!」
「すぐに診ます!」
アトラスは白馬から飛び降り駆け寄ってきた。キースは周りを見渡した後、白馬をひと撫でしゆっくりと地に降り立った。
「シリウス、何があったんだい?」
キースは血の付いたシリウスの剣を見、聞いた。いつもの芝居がかった口調は消えている。
「狼だ」
「闇色のウルフか!?」
キースは驚いたようにヘルを見た。ヘルはアトラスが獅子を診る間も神妙な面持ちでレグルスに寄り添っていた。[ 10/46 ][*prev] [next#]
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