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花咲か爺さんも吃驚だ

トントントン、リズミカルな音が厨から聞こえてきていた。食欲を駆り立てる香りが鼻腔を擽る。今日の夕餉は何だろうかと厨を覗いたのは粟田口の短刀、秋田藤四郎である。


「秋田くん?どうしたの?」

「あ、ごめんなさい。とても良い香りだったので、夕餉は何なのだろうと思いまして」

「あはは、ありがとう。今日はね、肉じゃがだよ」

「肉じゃが!」


燭台切が綺麗な顔で、これまた綺麗に口元に弧を描けば、秋田の愛くるしい瞳が眩しいぐらいの輝きを放った。


「くすくす、にしんも焼いてますよ。そうだ、秋田。手伝ってはくれないかい?」


魚焼きの網の前にいる歌仙の頼みに秋田はやる気に満ち溢れた目で大きく頷いた。


「あれ?小夜くんもお手伝いですか?」


秋田が籠いっぱいの野菜を運んでいたら、厨の隅で林檎の皮剥きをしている小夜左文字がいた。


「あぁ、お小夜はよく手伝いをしてくれるんだよ。今日はでざーとに林檎を剥いてもらってるんだ」


小刀(フルーツナイフ)を器用に扱い、クルクルと林檎を回しながらひとつなぎに伸びていく皮がシュルシュルと落ちていく。上手だなぁと手元を覗き込めば「あ」と思わず声が漏れる。


「うさぎだ」


秋田がぽろりと言えば小夜の肩がびくりと跳ねた。


「あ、その、可愛い、ですね」

「.....べつに」


素っ気ない返しに困っていたら、ふと小夜左文字の耳が赤く色付いていることに気付いた。どうやら照れ隠しらしい。ふふっと秋田は笑みを零し、手伝いの続きに戻る。きっと五虎退や乱兄さんらへんが「可愛い!」とはしゃぐだろう。

今日も今日とて、花丸の日々。この本丸は年中桜が咲き誇っていた。誰もが内心、春が永久に続くかもしれないと半ば諦めていた。温かく、優しく、ぬるま湯のようなこの本丸は、まだ欠けたままだった。

本殿の奥にある一室。かずある部屋の中でも、取り分け神木がよく見える部屋だ。南向きのその部屋は眩しい朝日が注ぎ込まれ、また寂しげな夕日をも射し込む。

ただ、その部屋は本当に本丸内であるのかと疑うぐらい静閑としていた。今日も、規則的に息づく音だけが支配している。

何一つ変わらない日だった。当たり前のように刀剣男士らは食事を取り、ある者は出陣し、ある者は手合わせをし、ある者田畑を耕し、ある者は馬の世話をし。何一つ、変わらない日だったんだ。





意識が浮上している気配がした。泥沼へと沈んだ体が、何かに引き寄せられるように昇っていく。

嫌なのに、まだ眠っていたいのに。ここは、とても温かい。とても優しい。誰も私を傷つけない。何も考えなくて良い。ここは、私に優しい世界なのに。

なのに。

前触れもなく、開眼した。それは自分の意思とは関係なく。あまりにも突然開いた瞼に、思考はまだ動かない。


「.....」


木目調の天井。それが、天井かは認識できていない。開いた目が痛みを感じると、それは当たり前のように閉じる。意識などしたことない呼吸が主張した。

息を吸って、吐いて、それに合わせて胸が軽く上下している。再び目を開けた時には、ようやく思考が仕事をし始めたらしく、視界いっぱいの木目調が天井だと分かり、自分が寝ているということを知った。


「ぁ.....」


声を出そうと思ったのにのどから出てきたのは、なんとも頼りげのない掠れた音だ。声とは言えない。

天井、布団、手は、動く。足も、動く。首も動く、声は、口は動くけど。

一つ一つ確かめるように少しずつ動かす。生まれたての赤子だってもう少しまともに動くだろう。どちらかと言えば寝たきりの老人だ。

ぐるりと視線を動かせば、座布団の上に狐がいた。暫く見つめていたが、狐の目は開かない。眠っているのだろうか。

少しずつ体を動かしていくうちに、頭もだいぶ解れてきた。

ソファーで寝てしまったはずなのに何故布団の中にいるのだろうか。誰かに運ばれたのか。この狐、には無理だろう。あの刀剣男士か。それも違う気がする。

唯一、会ったことのある刀剣男士を思い浮かべるがしっくりこない。それに先ほどから何か違和感を感じる。なんだろう、気配?そんなの読めた覚えはないけれど。なんか、私、昨日までの私じゃない気がする。

超人パワーさながらの霊力とかいうやつで、桜の気を芽吹き返したからだろうか。確かに、あれは、ちょっと、いやかなり普通の人間からは遠ざかった気がする。たくさん芽が出ていたが、花は咲いたのだろうか。昨日の今日だ、そんなにすぐに咲くわけないか。と思いながらも確かめたくなった私は起き上がることにした。

射し込む日差しや、微かに感じる風に頭側に窓でもあるのだろう。上半身を起こし、体を捻ろうとするが、やはり体がいうことを効かない。なんで、こんなに力が入らない?

生まれたての小鹿さながらに腕をぴくぴくと震わせながらなんとか体を起こせば、くらりと視界が揺れた。血流がいっきに下がって行く感覚に、反射的に目を閉じた。


「ぅ、あ」


気持ち悪い。

この感覚はよく知っていた。しゃんがでから立ち上がる時に起こるあれだ。立ちくらみ。だが、立ちくらみというには酷すぎる。それにまだ立ってさえいないのに。

背を丸めて目を堅く閉じたまま、引いていった血の気が戻ってくるのを待った。


「.....ッ、はぁ」


一度深く息を吐けば、ようやく目が開けられた。それでも、まだ頭はふらつく。じっとりと滲み出ていた汗、柔らかい風がまるで慰めるかのように背を撫でて気持ち良い。

手のひらに布団の感触を味わあせ、力が入ることを確かめてゆっくりと、背後を振り返るように体を捻った。


「ぁ」


そこにあったのは窓ではなかった。白い和紙が太陽の眩しさを和らげ、温かなものに変えていた。

障子の隙間から微かに見える景色に息を呑む。

思わず、思わず、上半身だけ捻ったその格好のまま力が入らぬことも忘れて、腕を伸ばしてしまった。

案の定、片腕だけでは上半身を支えることはできず、かくんと関節が折れてそのまま沈んだ。


「ぃ、つ」


あまりの痛みに声もでない。全体重が畳に打ち付けられたのだ。畳で擦れたのか顎がピリピリと熱をもった。


「も、なんで」


自由の効かない体に苛立ちを覚えた。三十年近くこの体とともにしてきたが、生憎怪我や大病とは無縁だったため、こんなこと初めてだった。

それでも、隙間から見えた景色を確かめたかった。腕に力を込めて、ぐっと顔を挙げる。目は、それを捉えて離しはしなかった。腕の力だけで、ずるずると下半身を引き摺りただ一心にそれを求めた。

障子に指を掛けて一気に引けば、ぶわりと勢い良く押し寄せた風。

瞠目。

圧巻。感動で震えることなんて、人生そう何度も起こることではないだろう。それを今、私は体感している。

まるで龍が泳いでるかのような濁り一つない澄んだ青い空と、風に揺れるキラキラした緑が視界いっぱいを占める中に、悠然と強固な幹を持った桜が我が物顔で薄紅色の花弁を舞わせていた。


「ぁ、あ」


それに触れたくて、もっと近付きたくて、これが現実であることだと確かめたくて、気付いたら敷居も縁側も越えて、何かを求めて必死に手を伸ばしていた。

訪れる落下は、必然である。

魅入られていた私は、縁側の終わりに気付くことができずそのまま外へと投げ出された。

畳に崩れた時とは比べ物にならないくらいの痛みが襲った。


「ぅ、あ、だ、か」


だれか。誰か。霞む視界に、救いを求めた。誰か助けてなんて言っても、誰も助けてなんてくれないのを知っていながら。

伸ばした手を、誰かが握ってくれることなんてないのに。





岩融は、焦った。


「しっかりしろ!おい!」

「旦那!落ち着け!頭を打ってるかもしれない、揺するな!」


人の子を抱え強く揺する岩融に、鋭く言ったのは薬研藤四郎だった。


「寝具に運んでくれ。俺っちが診る」

「.....ッ、すまない」


それは岩融が今剣と粟田口の短刀らと厩の近くで遊んでいた時に起こった。

誰か、助けて。

声が聴こえた。それは、岩融にだけ聴こえた声だった。岩融は実際にその声を聞いたことはなかったが、その声が誰のものかすぐに分かった。


「旦那?」

「.....人の子」


今の今豪胆に笑っていた顔が消え去り、どことも言えぬ空を睨みつけたと思えば聞こえぬほど小さく言葉を零し駆け出した。薬研は何事かと思ったが、血相抱えたあの顔に今も眠っているはずだろう人の子に何かが起きたと察した。出遅れたが、薬研は短刀。その機動力は刀剣の中でも筆頭。すぐに岩融に追いついた。

審神者が眠る部屋の襖を開ければ、そこにはもぬけの殻となった寝具と、その傍らに今も佇む狐のみ。

とうとう消えてしまったのかと薬研は思ったが、まだそこにもう当たり前になってしまった審神者の霊力に満ちていた。


「旦那、」


審神者はどこにと聞こうと首を上げた時、岩融は縁側へと続く障子へと足を向けていた。そして!


「.....主!」


岩融の悲痛にも似た叫ぶ声が、本丸中へと広がった。

岩融が審神者のことを主と呼んだところを薬研は初めて聞いた。岩融は、常日頃審神者のことを人の子と呼んでいた。

岩融は、まるで割れ物でも扱うかのように慎重に褥に審神者を横たわらせた。


「薬研殿、頼む」

「あ、あぁ」


岩融といえば平安の刀である。豪傑な弁慶の薙刀。それを薬研は知っていた。彼は、日頃からよく短刀たちともよく遊んでくれていた。見た目や逸話には似つかわしくないぐらい、気の良い穏やかな刀だと知っていた。が、こんなにも安安と精悍に頭を下げる姿に薬研は驚きを隠せはしなかった。

我々は末端といえど、神である。

機動力の高い短刀たちを筆頭に本丸に残っていた刀剣らが次々と到着した。


「加州の旦那、一先ず退散してくれねぇか?これから審神者の体を診るんでな」


古参でありこの本丸の刀剣頭ともいえる加州清光に顔も向けず言えば、加州は頷き従った。初期刀と初鍛刀の信頼である。


「はいはーい、みんな。薬研からお許しがでるまで大人しく広間で待ってよーね」


刀剣頭であり練度が一番高い加州にそう言われてしまえば、反論する者はいない。


「岩融の旦那」

「俺はここにいる。この人の子は、俺の眷属だ」

「.....あぁ、わかったよ」


審神者の傍らに鎮座し、細く白い手を離さないとばかりに握り締め顔を歪ませている男にこれ以上薬研は強く言えなかった。

審神者の体は至る所に痣や擦り傷があった。どうやら縁側から落ちたのだろう。見たところ頭に瘤や出血はない。頭を打っていなければ良いのだが。中で何か起きていても、表面だけでは分からない。


「薬研、どうだ?」

「見たところ、大きな怪我はなさそうだ。ただ意識がないのが、ただ眠ったままの延長やなのか、縁側から落ちたせいで気を失ったのかは、悪いが俺っちには分からねぇ」

「そうか」

「旦那、だが審神者が目を覚ましたのは確かだ。気を失っただけなら、すぐに目が覚めるだろうよ。良い方へ考えようぜ」

「あぁ、そうだな」


微笑する岩融からは、いつもの豪胆さは全くと言っていいほど姿を消していた。

「何かあれば呼んでくれ。俺っちは他の奴らに説明してくる」そう言って出ていった薬研を見送り、岩融は静かに人の子を見つめていた。


「すまない」


助けてと言ったのに、俺は助けることができなんだ。伸ばした手を掴むことができなんだ。許してくれ。





花咲か爺さんも吃驚だ
(吹雪いたのは薄紅色の花びら。咲いて咲いて、舞って舞って、散って散って、枯れた枯れた)


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