審神者会議なるもの。

審神者十二歳、春。


「いーまのーつーるぎっ!みっけ!」

「あるじさま!見つかってしまいましたー!」


きゃっきゃっと幼子の無邪気な声が、雅な日本庭園に響いていた。


「ははは、今剣も主も元気だね」

「えぇ、まるで兄弟のようです」


穏やかな昼下がり。まるで親のように優しい眼差しを向けるのは、野菜の入った籠を抱えた燭台切光忠と、物干し竿に本日第二弾の洗濯物を干し終えた歌仙兼定である。


「どうやら今日はこのまま出陣はなさそうですね」

「そうなのかい?」


空っぽになった洗濯籠を下ろし、縁側に腰掛けた歌仙。それに倣うように燭台切も隣に腰を下ろした。


「主は、部隊が出陣する際はあの様に羽を伸ばしはしないのですよ」

「へぇ、そうなんだ。歌仙くんは彼女のことをよく見ているんだね」

「貴方もすぐ分かるようになりますよ。僕らの主は、とても分かりやすいお方だ」


くすくすと笑った歌仙。その顔は、何かを思い出したのかとても楽しげに笑みを零している。

酷く安穏とした世界だと、燭台切は思った。戦乱の世を駆け抜けた自分にはあまりにも生温すぎると。


「生温いとお思いですか」

「え、あぁ、僕も分かりやすいかい?」


肯定的に言ってきた歌仙に、誤魔化すように視線を泳がせる。丁度、池の中を覗き込んでいる今剣と主が目に入った。


「貴方は、出陣はどのくらいですか?」

「まだ数回かな。あまり行かせてもらえなくて」


頼りにされてないのかな。

ポツリ零れたのは、うっかり。でも本音だ。


「まだ探っているのでしょう」

「探る?」

「えぇ、主はとても警戒心が強い」

「そうは、見えないけど」

「ふふ、あの姿はまやかしだと思った方が良いですよ」

「まやかし?」


背丈の変わらない今剣とピョンピョン跳ねているあの姿が、まやかし?だとしたら、彼女はとんだ食わせ者だ。


「悪い意味ではありません。主は、私達を物ではなく、ましてや神でもなく、一人の人として見ているのです。ヒトの体を得た私達がちゃんと意思や思いのある人と思い、それぞれの個性、性格、何を思い、何を考えているのか、それを分かろうとしているのです」

「.....」

「私達には歴史を護るという任務が課せられています。ですが、きっと彼女は、僕が、我々がそれを望まぬと言えば是と頷かれるでしょう」

「それは」

「主はいつだって、僕らの気持ちを尊重してくれる。素晴らしいお方です。ですから、燭台切」


貴方も、貴方自身を魅せたら良いのですよ。


「.....あの二人は、本当に兄弟のようだね」

「えぇ、今剣は山姥切国広の次に古株ですから」

「へぇ、でも歌仙くんも古株だよね?」

「まぁ、打刀として言えば、ですね」


歌仙の煮え切らない言葉に、燭台切は首を傾げる。


「歌仙くーん!燭台切くーん!見て!」


突然名を呼ばれ、顔を挙げてみれば池の中で仁王立ちしている主。掲げた両手には、池の中で泳いでいたのだろう大きな鯉。


「んな!?主!何をしておられるんですか!」


「なんて雅じゃないことを!」と悲鳴さながらに叫び声ながら、駆け出した歌仙の背中を眺めながら、燭台切は先の歌仙の言葉を頭に巡らせていた。


「僕がここに来た頃は、山姥切国広、今剣、堀川国広、それに粟田口の短刀たちぐらいしかいなかったから」

「それなら、やっぱり」

「でも、彼らとの力の差は歴然ですよ。今もなお」


すっと細められた目には、雅とは程遠い武人の嫉妬。


「警戒心の強い彼女だからこそ、傍に置く刀剣男士は数少なかった。所謂、少数精鋭ってやつですね。中でも、山姥切国広と今剣、そして.....」


燭台切は、そっと空を仰いだ。どこまでも続く青々とした空は、まるで戦などとは無縁だと謳っている。


「別格か」


空は、がらりと顔を変える。それと同じように、今も無邪気に池の中でびしょ濡れになりながらはしゃぐ主も、今剣も、別人のように顔を変えるのだろうか。

だとしたら、僕もそうなるのだろうか。


「燭台切くん!今夜は鯉鍋にしよー!」

「ぶっ!?ちょっ!君、その鯉は鑑賞用だから!」


意気揚々と叫ぶ主に燭台切は吹き出し、歌仙の後を追うように駆け出した。

まだ分からないことだらけだけど、きっとこの笑顔は本物だ。





「審神者会議?」


燭台切光忠は、聞き慣れない言葉に首を傾げた。近侍当番でもないのに朝から審神者の執務室に呼び出されていた。そこには空へ映し出された電子画面をじっと見つめる主と、ちょこんと座布団の上にお行儀よく座っているこんのすけがいた。


「えぇ。政府が各国の審神者を招集し、政府からの司令や情報の共有、演練の調整など定期的に会議を行っているのでございます。その際、審神者は近侍を二名伴って出席する決まりなのです」

「ええっと、その近侍を僕に?」


ちらりと主を見れば、主は変わらず電子画面に夢中のようで、空をさ迷う小さな手が幾つもの画面を操作している。


「えっと、主?」

「燭台切くん、一緒に来てもらえるかな?」

「それは、君の命ならばもちろん」

「よかった。断られたらどうしようかなって思ってたんだ」


ようやく顔を挙げた主が、ほっとしたように頬を緩めた。もしかしたら彼女は不安だったのかもしれない。自分に断られると思って。主の命を断る刀剣男士なんているはずないのに、彼女は相変わらず不思議な子だ。


「でも、そんな大役僕で良いのかい?まだこの本丸に来て日も浅いし、正直練度だってまだ」

「燭台切くんが、良いんだよ」

「う」


こうもキッパリ言われてしまえば、もうゴニョゴニョとは言えまい。真一文字に口を閉じれば、こんのすけが続きを話し始めた。


「出発は明朝。今回は、定例会議ではなく緊急招集です。内容は、色々と情報というか噂が飛び交っておりましててん.....とにかく、気を引き締めておいて下さい。いつもは山姥切国広様が付き添うのですが、今剣様が遠征中でして山姥切国広様を本丸に残したいという審神者様のお考えです。審神者会議は現世で行われます。慣れない環境で戸惑われると思いますが、乱藤四郎様もご一緒ですからご安心を。もちろん、このこんのすけめも」

「え、乱ちゃん?」


何やら雲行きの怪しい内容に不安が蓄積されていったところに似つかわしくない名前が出てきて思わず口を滑らしてしまった。


「こほん!えぇ、乱藤四郎様でございます。審神者様が初めて会議に出席した日からずっと伴をされておりますゆえ、何かあれば乱様にお聞き下されば良いでしょう」


審神者会議なるものがあることにも驚き、その近侍に自分が選ばれ、しかも現世、しかも緊急招集?驚きばかりだが、乱藤四郎の名に一番驚かされた。

そうだ、以前に歌仙くんが言っていた。山姥切国広、今剣、それに乱藤四郎は『別格』だと。





むっつりとしたまま一向に口を開かない山姥切国広に審神者は項垂れていた。


「山姥切、機嫌直して」

「ならば、俺を連れて行け」

「むぅ、だめだってばー。本丸を空けるんだもん。今剣は遠征に行ってるし、山姥切にここを護ってもらわなきゃ」

「俺が護るのは、お前だ」

「う」


素でそんな台詞を言ってくれるようになったのは凄く嬉しいのだけれど、だからって絆されるわけにはいかない。


「今剣がいない今、留守を任せられるのは山姥切だけだよ」

「乱と代わる」

「駄目。乱は連れてくの。お願いだから」

「お願い?はっ、命令すればいいだろう。そしたら俺は従う」

「なにを」

「乱は良くて、何故俺は駄目なんだ.....ッ、俺が、俺が写しだからか?」

「ちが」

「もういい、主命はきく。俺は残る。それで良い」


乾いた音を立てて閉まった襖が、絶壁のように感じた。

拒絶だ。


「なんで」


命令なんて、私はしないのに。


「審神者と刀剣男士の有り様でございます」


部屋の隅にいたこんのすけの声が冷たく響いた。

私が今までお願いだと思って言っていた言葉も、きっと彼らにとっては言葉は違えど意味としては命令であったということか。

信頼関係を築いていたのではなかったのか。私は一度も、一度だって彼らを物として扱ったことはない。歴史修正主義者を倒す道具だと思ったこともない。一緒に戦う戦友だと、家族だと。

いつだって「いってらっしゃい」という自分が薄情だと思っていたんだ。「おかえりなさい」と言えて良かったと安堵して、また「いってらっしゃい」ということしか出来ない罪を背負って。

あぁ、それさえもエゴだったのか。


「審神者様、いつまでも家族ごっこはしていられないのですよ」

「ごっこ?」

「大人になって下さい」

「ごっこじゃない。私達は家族だもん。それに、私は大人じゃない。まだ十二才だよ?誰が見ても、どう繕ったって私は」


まだ、子どもだ。


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