壱
審神者十四歳、秋。
愛欲とは、実に面倒なものだ。親愛、友愛、家族愛、それらは美しいものなのに、その愛に恋がついたら。
「審神者が自殺?」
「はい、まだ内密な話なのでございますが」
刀剣男士は外して欲しいと言ったこんのすけ。政府からの通達ならば、最低でも近侍の山姥切国広が付き添っているのだが。今日は、それさえもこんのすけは拒んだ。
「審神者の自殺。それは、主を亡くすということ。刀剣男士を動揺させないために席を外させたの?」
「まぁ、それもそうなんですが。内容が、内容なのでございまして」
審神者の自殺よりも不味いこと?いや、自殺した理由が良くないということ?
「審神者の死亡。それ自体は珍しくないことなのですが」
「こんのすけ、それサラッという事じゃない」
「う、すみませぬ。病死や事故死、寿命、理由は様々でございますが、年々自殺が増加しておりまして、先月立て続けに三人の若い女審神者が自殺したのを政府は一種の危機と判断し、急遽措置を決定致しました」
「審神者の自殺増加。それだけ審神者という役目はは心身ともに重労であるということなんでしょ?」
「いえ、いや、それもあるのでございますが」
口篭るこんのすけに、審神者は煮え切らないなと息を吐く。
「ねぇ、はっきり言って」
「その.....自殺される大半は皆様、年若い女性なのです」
「で?政府のお偉方は私も自殺しないか心配だって?何それ、自殺したくなる病でも流行してんの?」
「病、ある意味的を得ておりますね。自殺される方は皆、」
恋の病に堕ちてしまったのです。
こんのすけ曰く、女の審神者が自身の刀剣男士と恋に落ち、神と結ばれる為に身体を無くす。つまり、死を選ぶそうだ。
「え、馬鹿なの?」
「ぐぬぅ、審神者様、紛いなりにも神を統べるお方が死者を愚弄するような言葉はお控え下され」
「だってー」
ぶすーっと唇を尖らせ頬杖を付く審神者に、こんのすけは「この少女は随分屈折して育ってしまった」と内心嘆いた。
「それこそ愚弄だと思わないのかな」
「その意は?」
「だって顕現された彼らはさー、紛いなりにも?戦国の世とかさー、それこそ命を懸けて生き抜いた主の元にいた人たちが多いのにさ、たかが恋とか、愛とかで命捨てるなんて」
侮辱だ。
審神者、襖窓の外に視線をやった。そこからは庭で元気に走り回る短刀たちの姿がある。
「馬鹿だよ」
一緒にいたいから、一緒にいることを放棄してしまうなんて。時間に永遠なんてないのに。自分から手放してしまうなんて。
恋が付属した愛は、時に悍ましく、穢らわしい。だが、人はそれに魅入られ縛られ、正気をなくすのだ。
実に哀れだと、どこかの誰かが嗤った。
◇
刀剣男士たちが動揺するのも当たり前だ、とこんのすけは静かに溜息を零した。
広間に集められた刀剣男士たち。この本丸の刀剣男士も随分と増えた。それもそのはず、この本丸は設立され十年余り経っている。にも関わらず、審神者の若さ。経歴とすれば中堅、他の本丸からも一目置かれる本丸である、が。
「と、いうわけで。私ちょっくら他所の本丸行ってくる」
審神者である本人はそんなことを感じていない様子に、こんのすけは先より少しばかり大きく息を吐いた。
「ちょっくらって、ちょっと主。そんなんじゃ俺全然納得できないんですけどー」
一番に声を上げたのは、最近漸く仲間入りした大和守安定の相棒、加州清光である。新参者であるが、主不在は頂けないらしい。
「清光、黙る」
「はぁ?安定だって」
「清光」
抑えつけるように言った大和守安定の声色に加州清光は、押し黙る。
この本丸が設立され随分と長いことは安定から聞いていた。そのため刀剣男士達も強者が多いことも。中でも初期の刀たちは、少し色が違う。それを刀である加州清光も本能で感じていた。
「主」
「なぁに?山姥切」
初期刀であり、白羽隊第一部隊隊長、近侍の山姥切国広が静かに口を開いた。
「護衛は」
「五虎退、それと」
審神者は一人一人の顔を確かめるように広間を見渡した。
「加州清光くん」
「.....え」
「加州清光くん、少しばかり大和守くんと離れちゃうけど来てくれるかな?」
加州の隣では指名された本人以上に驚いている大和守安定がいた。他の刀剣男士たちからも視線という重圧が嫌というほど加州に向けられた。
最悪だ。あぁ、でも。
「もちろん。どこまでも付いていくよ、主」
「ありがとう」
安堵したように目を閉じた審神者は、話は終わったとばかりに広間に背を向けた。それに続くは山姥切国広、今剣、乱藤四郎、小夜左文字、五虎退。この五振りは、審神者がこの本丸の主となり早い段階で顕現された刀剣男士だ。話に聞くところ、六振り目が来るまでの数年、たったの五振りで驚異的な出陣の数をこなしたとか。
「え、ちょっとなんで清光?.....僕は!?」
審神者が去った部屋では、各々が話を始めていた。そして、くわっと目を開いて噛み付いてきた大和守安定に、加州清光はガクッと肩を下げる。
「そこなの!?」
「だって、そうでしょ?これでも僕、早くにこの本丸に来た刀なのに。僕を差し置いて、超絶新参者の清光が...…ねぇ!なんで!?」
「知らないよ。てか、なんでうちの主がわざわざ他所の本丸に行かなきゃなんないわけ?うちの主は、うちのなんだけど」
「くっくっく、その独占欲うちの刀剣男士にピッタリだな」
「「兼さん!」」
「それを主さんも察したのかもね」
「「国広!」」
「お前達、息ピッタリすぎ」
「それにしても何だか煮え切らない話だったね」
「国広もそう思ったか」
「うん、僕らだけではないみたいだけどね」
刀剣男士たちは各々が集まり、堅い面持ちで話をしている。それに比べ、審神者の話は随分とあっさりしたものだった。
「わざわざ部隊を戻してまで話があるって、何事だ?大将」
第三部隊を率いていた薬研藤四郎。第三部隊は、手入れもそこそこに広間へと通された。負傷した者はいないようだが、皆泥や汚れ服が破れていたりと疲労の色を浮かべていた。
「薬研くん、それに帰ってきたばかりの皆ごめんね。すぐ終わるから。実は、最近審神者が不在になった本丸があるの」
ざわついていた広間が、重々しく静まり返った。審神者の不在。それが何を意味するか、すぐに察したのだろう。ここの刀剣男士は、勘がいい。幼い審神者を護るために、刀剣がより鋭く研ぎ澄まされた結果だ。
「しんだの?」
「うん」
笑顔のない今剣の真っ直ぐな瞳を逸らすことなく審神者は頷いた。今剣は、肩を落とし傍らの岩融に擦り寄った。いつもの豪快さは形を潜め、今剣を慰めるようにその小さな肩を抱いた。
「主を喪う気持ち、皆分かるよね?きっと、突然主を失ったその本丸の刀剣男士たちも同じ気持ちだと思うんだ。と、いうわけで.....」
こうして、冒頭へと繋がったのである。
「審神者がいなくなることなんてあるんだね」
「大和守、審神者は俺たちと違って人間だ」
何を今更と言った風に和泉守兼定は言う。それに「わかってるよ」と大和守安定は唇を尖らせた。
「でも、大和守さんの言葉もわかるよ」
堀川国広の視線はどこか遠くを見ていた。その瞳に映るのは、以前の主か、それとも。
「だーかーらー、なんでうちの主が、他所の本丸になんか行かなきゃならないのって!俺は聞いてんだけどー」
「主を失った刀剣男士は、どうなると思う?清光は」
「え、あー、それは、多分俺たちは」
俺たちは、付喪神。刀剣に戻るんでしょ。
顔を逸らして言った加州清光。最近、顕現されたばかりの加州清光は、この場にいる誰よりも只の物であった記憶が濃い。
「だったら、主が亡くなった時点で俺たちは刀剣に戻る。だが、主が他所の本丸に派遣されたということは、そこの本丸の刀剣男士がまだ刀剣に戻っていないということだ」
「兼さん、でも僕らは主の力があって顕現されているわけでしょう?なら」
「この本丸自体が、主の力なら?」
「それって」
「ここは、主の力に満たされてる」
堀川国広の言葉を遮るように大和守安定が言った。大和守は、目を閉じ天井を仰いだ。まるで、見えない気を感じているかのように。
「つまり、審神者がいなくなったあとも本丸に審神者の力が残ってるうちは俺らは刀剣に戻らないってこと?」
「だと俺は思うぜ、加州。現に、主が本丸から離れた時も俺たちには何の支障もない」
「「「確かに」」」
和泉守兼定の話に三人は納得したように頷く。
「あっ、じゃあ主はその本丸の繋ってこと?次の審神者が来るまで?」
大和守安定が閃いたとばかりに人差し指を立てた。
「あー、あれだ。せっかく顕現した刀剣男士を政府は刀剣に戻したくないんだろうな。時間遡行軍との戦いも続いているし」
「え、じゃあ何!?次の審神者が決まるまでうちの主いないってこと!?え!?てか、それって、もしかしたらうちの主そのままそっちの主にもなっちゃうかもって」
「そんなわけない!」
引き裂くような殺気に新選組四人衆は各々刀に手をかけ、膝を立てた。
「落ち着け、前田」
「そんなわけないです!主君は!僕らを置いていったりしない!堀川殿!貴方は、主君の誠実さを知っているでしょう!?」
宥める薬研藤四郎の手を振り払い、今にも抜刀する勢いで叫ぶ前田藤四郎。
「知ってるよ、前田くん」
頭を下げた堀川国広に、まだ興奮が収まらないのか前田藤四郎は肩を震わせていた。
「済まない、前田。失言だった。俺が悪かった」
加州清光も堀川国広に倣い、手を付いて頭を下げた。
「君は、選ばれたんだ。主君に傷一つでもつけて帰還してみろ。僕は、否、僕ら粟田口は君を許さない」
「その辺にしとけ、前田。すまねぇな、加州、堀川の旦那。だが、前田の言う通りだ。大将は言わなかった。何故、その本丸の主が死んだかまでは。その本丸、何が起こるかわからねぇ。うちの五虎退もいるが、警戒するにこしたことはねぇだろう。わかるな?」
死んだ理由。加州は急に胸が締め付けられた。広間にいる刀剣男士から向けられた殺気に、嫌な汗が滲み出る。
「ちょっと、皆」
それに割って入ったのは、相棒である大和守安定。
「殺気、向ける相手間違ってない?」
ぞくり。まるで戦場に立っているかのような空気。だが、加州はそれまで感じていた殺気が柔ららいだ気がした。大和守のそれはよく知っているやつだった。あぁ、そうだ沖田くんが仲間に背を向け敵に向かってる時のあれだ。だから、怖くない。
「はーい!みんな、そ・こ・ま・で!」
スパーンっと小気味よい音を立てて襖を開け放ったのは、先ほど審神者とともに退室した乱藤四郎。
「加州、あるじさんが呼んでるよー」
「え?」
「他所の本丸さんに行く話だってー」
「あ、わかった」
無意識に力を込めていた柄から指を剥がし、加州は立ち上がる。「付いてく?」と視線で訴えた大和守に加州は首を横に振って答えた。
ここの刀剣男士は、強者ばかりだ。俺は新参者、短刀たちの足元にも及ばない。だけど、そのままでいるつもりはない。
加州清光は、無意識に口元を緩めた。
それを見ていた大和守は、やれやれと肩を竦ませた。前主である沖田総司もそうだった。
「強い敵に会って、嬉しそうに笑う癖。やめた方が良いのになー」
斯く言う大和守安定も自他認める戦闘狂である。[ 5/7 ][*prev] [next#]
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