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審神者会議なるもの。参

「ただいまかえりましたー!あるじさまー!」


擦り傷一つなく帰ってきた今剣は、いつものように主が出迎えてくれると思い、元気いっぱいに声を上げた。が、ゲートの先に主の姿はなかった。


「あれ?あるじさまー?あるじさまー!」

「どうした、今剣」

「あるじさまがいません」

「?本殿にいるのではないか?」

「あるじさまは出陣や遠征の帰還はかならずでむかえてくれます。あるじさま、いません」

「それは、この本丸にという意味だろうか?」

「はい」


審神者の霊力で満ち溢れた本丸内で、正確な審神者の居場所を特定するのは難しい。それをこうも断言できていまうのは初鍛刀だからなのだろうか。蜻蛉切は今剣のガラス玉のような瞳から底知れぬものをまた感じた。


「どうしたの?」

「今剣が主は不在だと」

「え?」

「演練、ではないですよね。僕たちが帰還するまでは行くつもりないと言ってましたし。会議でしょうか」


後からゲートを潜ってきた大和守安定と堀川国広が話に加わる。


「かいぎなら、ぼくは遠征になんていってませんよ」


今剣の横顔から無垢など消え去っていた。そこには、ただ主の懐刀であるという誇りと意志のみ。普段のそれが偽りだと思わされてしまうぐらいに。

その場にいた者が、風を感じた。刹那、今剣の姿が忽然と消えていた。三振りはぞっとした。これが、主のために動く短刀の本気の機動力なのかと。それは、戦場にでさえ見ることはなかった今剣の本気。


「すごっ」

「なんと」

「二人とも、呆けてないで行くよ。今剣が、言うならばそれはきっと」


本当に主さんはいないんだ。

堀川国広の言葉に二振りはようやく事の重大さを理解し、地を蹴った。


「山姥切!山姥切、いないのですか!?」

「今剣、喚くな」

「あ、山姥切!」


今剣は、安堵した。初期刀である山姥切国広の様子を見れば主の状態が大体わかる。この山姥切国広という刀は、実にわかりやすい人の姿をしているから。


「あるじさまはどこですか?ほんまるにいるけはいがないのですが」

「.....緊急招集された」

「きんきゅう、しょうしゅう?」

「会議だ」


今剣の目がカッと開き、瞬間殺気が爆発した。


「それは、げんせにいったということですか」

「あぁ」

「なら、なぜ貴方がここにいるのですか」

「.....主が、主がここに残れと」

「それで」

「それだけだ」

「それだけで貴方は、ここにのこったのですか。あそこがあるじさまにとってどのようなばしょかわかっているのに?」

「俺が!自分の意思でここに残ったと思うのか.....ッ」


刀剣男士らが、何事かと集まってきた。山姥切国広と今剣は、この本丸で最高練度を誇る。この二人を止められるのは同じく最高練度の乱藤四郎なのであるが、現在その乱藤四郎は、審神者とともに不在である。畏怖すら感じる二振りに、一同は動くことができなかった。


「貴方が!あるじさまのとなりにいるとちかったから!ぼくは、ここをまもるとちかったんですよ!」

「お前は遠征中だった!」

「そんなのしりません!」

「我儘を言うな!これは主の命令だ!」

「.....めいれい?」

「そうだ」

「あるじさまは、ぼくたちに命令なんてしません」

「主がそのつもりでも、審神者であるあいつの言葉は、俺たち刀剣男士にとっては命令だ」

「山姥切、あなたはまさかそれをあるじさまにいったのではないでしょうね」


ぐっと噤んだ口に、今剣はそれを是と捉えて次の瞬間、自身を抜いていた。


「どきなさい!ごこたい!」

「だめです!こんなの、こんなの!あるじさまが悲しみます!」

「このおとこは!あのおさないあるじさまにむかって、うらぎりともとれることばをはなったのです!あるじさまが、どれほどきずついたことか!あなたは、あるじさまを、ぼくのあるじさまをきずつけたんです!ゆるさない!」


誰も動けなかった。そのはずなのに今剣と山姥切の間に割って入ったのは、普段から大人しく、どちらかと言えば戦場など似つかわしくない刀剣男士、五虎退だった。


「ぼくらはちかったのです!あのちいさく、おさなく、もろい、人の子によばれたその日に。この人の子はぼくたちの手でまもろうと。無垢な笑顔と純真な心をまもろうと。それを犯すならば、ぼくは山姥切、貴方でさえゆるしはしませんよ!」

「俺だって、俺だって!」

「そこまでだよ。二人とも落ち着きなよ」


五虎退の背に護られ俯いていた山姥切が勢い良く顔を挙げ、被っていた布が落ちて隠れていた金色の髪がさらけ出された時、冷静な声がそれを遮った。


「お小夜」


一部始終を見ていた歌仙が小夜左文字の登場に安堵した。小夜は厩にいたため騒動を知るのが遅くなってしまったようだ。小夜の後ろに控えて薄らと笑みを浮かべている小夜の兄刀である宗三左文字が小夜を呼びに行ったのだろう。


「もう一度言うよ。落ち着きなよ。今剣、刀を納めて」

「ぼくにしんげんするとは、さよもえらくなったものですね。ざんねんですが、ぼくがしたがうのは、あるじさまだけです」

「違うよ、今剣くん」

「ごこたい、あなたも」

「僕らは皆、あるじさまが大好きですよ。今剣くんだけじゃないよ、僕ら皆であるじさまをお護りしているんです。だから、そんな一人で苦しまないで、確かにまだ山姥切さんにも今剣君にも及ばないけど、僕らは皆あるじさまを護る刀です」

「ごこたい」

「今剣、刀を納めて」


再度言った小夜の言葉に、荒ぶる気持ちが鎮まっていき刀を下ろした。鞘に納まったのを確認し、五虎退も安堵したように刀を引いた。


「山姥切も、自分が不安だからって主に当たらないで。僕らが思うほどに、あの幼い人の子は強い。僕らを信じてくれてる。なのに、僕らが信じなくてどうするの?」

「.....すまない」

「謝罪なら主に言って。今剣、遠征ご苦労さま。昨日の朝、急に緊急会議の知らせが届いたんだ。近侍はいつも通り乱と、今回は山姥切の代わりに燭台切がついてるから心配ないよ」

「そう、ですか」

「そろそろ、二人は主離れしないとだめなんじゃない?主だってずっと幼子じゃないんだから。これから先、山姥切と今剣にばかり荷を背負わせるわけにはいかないって主は考えてるんじゃないかな。だから、今回も燭台切を近侍にしたんだと僕は思うけど」

「ふふっ、お小夜は賢いですね」


左文字が嬉しそうに瞳を恍惚とさせ、小夜の髪を撫でた。


「ぼ、僕もそう思います!僕たちだって、あるじさまをお護りしたいんです!」


両の手で拳をぐっと握り五虎退が言った。今剣と山姥切は、互いの顔を見合わせて申し訳なさそうに息を吐いた。


「すまない。俺は、別に皆を信頼してないわけじゃないんだ。ただ、主の立たされている場は、皆が知る以上に厳しく冷たい場所なんだ。だから」

「兄弟、僕らだって分かってるつもりだよ。現世の会議には行ったことないけど、会議に行ったあとの主さんの様子だって見てるし、それに演練への拒否や、演練で向けられる他の審神者からの視線。僕らは、ちゃんと分かってるよ。人の子が刀を持ち戦っていた時代だって僕らの主のような幼子が、しかも女子が、戦場へ駆り出されてることなんてなかったんだから。現代の異常さを僕らは嫌でも感じてるさ」

「兄弟」

「さぁ、遠征組はどうやら目立った怪我もないようだし、湯にでも浸かって泥を落とし気を休めておいでよ。その間に、僕が美味しいご飯作っておくから」


歌仙が二回拍手を打ったのを合図に、各々が自分の持ち場へと戻って行った。


「今剣、悪かった」

「ぼくのほうこそ、ついカッとなってしまって。すみません」


さっきまでの鬼気迫る姿は身を隠し、しゅんと縮こまった姿は、何だか頼りなく小さく見える。


「ごこたい、それにさよも、ぼく酷いことをいいました。ゆるしてくれますか?」

「き、気にしてないですよ!」

「僕も」


小夜は素っ気なく言って「厩の片付けしてくる」と背を向けて兄刀と行ってしまった。五虎退も厨の手伝いをしてくると虎らと向って行き、初期刀と初鍛刀だけが残された。


「かわっていくんですね」

「悪いことじゃない」

「わかってます。ですが、すこしさみしいです」

「.....そうだな」


今よりもずっと幼い審神者と山姥切、今剣、乱と愛染と四人で過ごした日々を二人はひっそりと思い出していた。

そうだ、昔も、今も、変わらず幸せじゃないか。それを僕らは、俺らは、護ろう。あの人の子がずっと笑っていられるように。

二振りは、再び堅く心に誓った。散った花弁の想いとともに。





鳥居のゲートを潜れば、すっかり本丸も夜になっていた。そろそろ遠征組も帰ってくる頃だが、帰って来てるだろうか。


「主」

「わっ!山姥切!どうしたの?こんなところで。遅くなるから出迎えは大丈夫って言ったのに」

「悪かった」

「え」


普段よりも深く布を被っている山姥切が、謝罪の言葉とともに頭を下げた。今にも土下座する勢いだった。どうしたものかと近侍二人を見上げれば燭台切は肩を竦めて首を傾げている。乱に至っては「ボク先に戻ってますねー」と本殿に向かって駆けて行ってしまった。どこまでも自由な子である。


「えっと、顔挙げて。ね?」


そっと山姥切の手に触れれば、とてつもなく冷たかった。いったいいつから彼はここで私を待っていたのだろうか。


「山姥切、冷えちゃってるよ。とりあえず中に入ろう」


そのまま手を繋ぎ引くが、山姥切はびくとも動かない。


「山姥切」

「俺は、お前を傷付けたか」

「え」

「酷いことを言った。いつも家族だと、仲間だと言ってくれてるお前に、俺は、あんなことを.....ッ、すまない!悪かった!俺は!お前を護る刀なのに!俺はお前を傷付けた!許されないことだと分かってる!刀解されてもしかたない!でも!俺はまだお前を護りたい!傍にいたい!だから!」

「山姥切!」


それ以上は言わせまいと審神者は強く彼の名を呼んだ。


「そんな、そんな悲しいこと言わないで。貴方が、貴方が、折れるなんて、いなくなっちゃうなんて、そんな、そんなこと嘘でも言わないで!」


審神者の声は震えていた。今にも泣き出しそうなぐらい瞳を潤ませて痛いぐらい唇を噛む審神者を慰めるように、燭台切が背を撫ぜた。


「山姥切、私、昨日、確かに山姥切に言われて辛かったよ。悲しかったよ。でも、貴方がいなくなる方がもっと辛いに決まってる。家族だもん、仲間だもん、喧嘩ぐらいするもん。喧嘩したら、ごめんなさいしよ。そしたら、元通りでしょ?やだよ、私、山姥切と離れるのなんて、やだ」


とうとうポロリと目から涙が溢れれば、堰を切ったように次から次へと流れ落ちる。


「山姥切くん、僕がまだ練度も低く不甲斐ないばかりに君を不安にさせてしまったんだよね。ごめんね」

「違っ、信じてないわけじゃないんだ。違うんだ。俺が、仲間を信じられる強さを持ってないから。俺は写しだから、自分も信じられないから」

「私は!私は、誰よりも山姥切を信じてるよ。いつだって、不安だったり、怖かったり、悩んだりしたら一番に山姥切に相談するよ。それは、信じてるってことでしょ?」

「主」


山姥切は、ようやく俯いていた顔を挙げた。濡れる審神者の瞳を目にし、青くなる。


「正直、僕は不安だった。何度も言うようだけど、僕はここに顕現されたばかりで練度は低いし、演練にも行ったことがない。僕は、知らなかった」


燭台切の綺麗な顔が悔しさに歪む。


「でも、今回会議に連れて行ってもらって知ったよ。ちゃんと知ったから。僕は、僕らは君たちにばかり重荷を背負わしていたんだね。でも、僕も、皆も、主の刀剣男士だ。これから、もっともっと強くなるからさ、どうか一緒に主を護らせてくれないかい?その重荷を分けてはくれないかい?」

「燭台切、すまない。頼む」

「あぁ、ありがとう。改めて、よろしくね。山姥切くん」


にっこりと笑った燭台切の顔は綺麗だった。顕現されてから一番清々しく、燭台切本来の笑顔があった。


「山姥切」


審神者は何かを求めるように、山姥切を見上げた。それを察してか、燭台切は何も言わずに本殿へと足を向けた。振り返るなんて、野暮なことはしなかった。


「ただいま」

「あぁ、おかえり」


二人が重なる瞬間を見た者は、夜空の月と星、そしてこの本丸の象徴とも言える桜の木だけだった。







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