私はサクラちゃんに向かい合い、肩に触れた。覆われた両手の隙間から見えるエメラルドの瞳が、涙で光って宝石のようだった。


「ごめんね、サクラちゃん。本当にごめんね」

私のせいでこんな未来になってしまったこと、どれほど謝ったって償いきれない。ナルトくんのすぐそばにいたサクラちゃんだから、きっと数えきれないくらい涙を流してきたんだよね。


「私がナルトくんを助ける。今度こそ絶対にこんな世界にしないから。必ず変えてみせるから。信じて」

前の時間軸での約束をナルトくんは守ってくれた。あのとき彼が言っていた、信じるという言葉を添えて。
後ろを振り返りゲンマさんたちに顔を向ける。


「あの術をもう一度試していただけますか?」

「お前さえいいなら…オレたちもそのつもりだ。だけど、この術は三人がかりでやってもかなりチャクラを消費するからな。もうチャクラ切れだ。術を使うなら、早くて明日の昼ってとこだろうな」


「明日」

唱えるように繰り返した。







次の時間遡行は明日の昼、それまではテントで休んでいていいとライドウさんたちが気遣ってくれた。サクラちゃんたちとはそこで別れ、見張り役を買ってでたシカマルくんに連れられてテントにやってきた。
ペインが襲撃してまもない時期ということもあり、まだ厳戒体制が敷かれているようだ。そういえばさっきも、効果が切れた時空間忍術の法陣とは別に、足元には護身用の結界が張られていた。


もうすぐ、今日に1をひとつ足して明日がやってくる。しばらく横になっていたけれど眠くはなかった。

テントのすぐ外にシカマルくんがいる、そう思うと胸がいっぱいになった。私はまた大きな間違いをおかした、それでも彼が生きていてくれることが嬉しくて。

ゆっくり起き上がって、テントの入り口から顔を出した。


「…何かあったか?」

「ううん、その…お願いがあって。この時間軸のこと、教えてもらえないかな…?余計なことかもしれないけど、知っておきたいの」

どんな時間を生きて、何を考えていたのか。聞けばシカマルくんを苦しめると分かっていながら、でも当事者である私が知らんぷりしてはいけないと思った。でもシカマルくんは私がそう言い出すとあらかじめわかっていたようだった。過去から戻った私に説明するのはきっと今回がはじめてじゃないんだ。話している間中、彼はつらそうな表情をいっさい見せなかった。

ナルトくんが連れ去られてしまったということは、彼がペインを説得したあの奇跡も起こっていない。カカシ先生やシズネさん、たくさんの人が亡くなっていた。
現在は六代目火影に就任したダンゾウが五影会議で里を離れている。その隙をつくように、抜け忍や小国の隠れ里、様々な忍が木の葉を狙っているらしい。


「護衛なんて煩わしいだろーけどよ、時空遡行なんて極秘中の極秘忍術が敵にバレたらめんどくせーことになるからな」

この厳戒体制も頷けた。シカマルくんの言うことは最もだった。

そしてもうひとつ、彼の口から、アスマ先生は忍界大戦で命を落としたと聞いた。

私はどうやっても、アスマ先生を助けることができないのだろうか。


「やっぱ、ここより結構マシな時間軸もあるみてーだな」

「そんなことないよ…どこも同じくらい大変なんだと思うな」



何も言い返せない私を察して、シカマルくんが少し気軽な声を出して言った。そんな、マシな訳ないよ。あなたがいない世界だったのに。とはいえそんなこと話せるはずもなく。
シカマルくんを見ると、目の下に深い隈が刻まれているのを見つけた。かなり疲れた顔だ。さっきまでは気づかなかったけど、袖の下から包帯も覗いている。身体中包帯だらけなのかもしれない。


「あの…シカマルくん、少し休んだら?」

「人の心配しねーで自分のこと心配しろよ。あの術、相当エネルギー食うんだろ」

「だめだよ。体も怪我してるんでしょう?私、サクラちゃんを呼んでくるよ。手当てしてもらわないと…」

「ただでさえ医療忍者は手一杯だ。頼めねーよ。五代目は意識が戻んねーままだし、今はカカシ先生も、シズネ先輩もいねえ…アスマもな。最近の小競り合いでも毎日仲間が減ってる」



シカマルくんは月を見上げて、アイツがいてくれたらな…と呟いた。ちょっと笑って。


「なんて言ってらんねーよな。オレは“玉”を守らねぇといけねーんだから」

「…玉?」

「ああ…例え話だ。木の葉の里、そこに生きる人間、未来の里を支えてく子供たち。アスマから引き継いだ火の意志だ」


里を見渡すと、ペインが全てを吹き飛ばしたあの風穴に、ぽつぽつと明かりが灯っている。あのひとつひとつの下で眠る命をシカマルくんは守ろうとしているんだ。



「いつまでもガキみてーに泣き言いってちゃナルトたちに合わす顔ねーしな」




わかってた。本当はわかってたの。
シカマルくんがアスマ先生の死を乗り越えて、その意志を引き継いで生きていること。前を向いて進んでること。
私のやってることはただの独りよがりだということ。

それを承知でここまで来たんだ。こんなとこで立ち止まるわけにはいかない。



あれから里は何年もの時間をかけて再生へと向かっていった。ナルトくんがペインに連れ去られてしまっては、私がいた世界で起きた奇跡は起こらない。カカシ先生やシズネさんや、たくさんの忍が命を落として。
でもまだ残ってる。かすかな希望も。


いい方向にかえようとすればするほど、事態は悪化していく。私がなんとかしようと繰り返して誰かを助けようとする度、別の誰かがいなくなって、誰かが泣いている。今のやり方じゃ犠牲が増えるだけなんだ。前の間違いを正そうとして、おそらくどの時間軸でも「私」は、永遠に時間遡行を続けているんだ。こんなはずじゃなかったと泣きながら。

いくら時間を巻き戻しても、みんなの涙もなかったことにはならない。


次に最後にしなくちゃならない。



月が傾いていくのを見て、シカマルくんにおやすみをいい、私はテントの中に戻った。

ポーチから未使用の巻物と鉛筆を取り出して、書き出した。私が行った過去と未来の記録。私のきもちも、全部。もといた世界が淡く霞むように遠い。できるだけ正確に書き記さないと。伝えるために。

誰宛かを記さなくてもそれが、長い長い手紙のように感じられた。書き終えてようやっと、今まで感じなかった眠気がやってきた。最初の時間遡行のときから寝ていなかったのを思い出した。ちょうどそのときだった。


「敵襲だァア!!!」


遠くから声がした。
立ち上がって身構えた。敵襲、さっきシカマルくんが言ってたものだろう。人の声と武器のぶつかる音がする。近いのだろうか。どくどくと心臓が高鳴った。

戦闘が終わったのか静かになって、しばらくすると、シカマルくんがテントの隙間から顔を覗かせた。


「移動する」


どうして?と聞く前に、シカマルくんの中忍ベストについた返り血が先の戦いを物語る。


「ライドウさんがやられた」







「ライドウさん!」

シカマルくんに連れられて医療班の専用テントに足を踏み入れると、人払いがしてあるのか、ライドウさんの周りにはゲンマさんをさじめごく数人しかいなかった。
ライドウさんの肩からお腹にかけて走る傷に、手の震えが止まらなかった。

「名前、こっち、こい」

「もう喋るな、これ以上は…」

「ハア…わかってる、ゲンマ、すぐに法陣を…。あまり、持ちそうに、ねえ…。オレたちの…術、は…三人じゃなきゃ、ゴホッ、できねえんだ。だから今から…うっ…!」

部屋に広がる鉄の匂い。地面に法陣を描くゲンマさんの目に涙はないけれど、泣いているように見えた。

「悪いな…ベストコンディションで…飛ばしてやれなくて。いい、か…これが…最後だ…」

「だ、大丈夫です。私…今度こそ最良の策があるんです。ライドウさんのことも…、助けられます…!」

私は泣きながらそう約束した。そうか、そりゃ安心だと、飛ばされる直前に見たライドウさんの笑顔が忘れられない。


「お前が希望なんだ…こんな未来、かえてくれ…」

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