10月9日 “二巡目”日没

時間を渡るときの感覚は、巨大樹から地面に降りるときのあの 頭を締め付けるような感じに似ている。しかし 着地したのは研究所のリノリウムではなく、剥き出しの岩肌で、今度は前のめりに転倒した。
急いで周囲を見渡すと、いちめん真っ暗だった。
明かりは小さな蝋燭のみ。暗がりに目が慣れてくると、ゲンマさんとライドウさんのシルエットがくっきりと確かなものになっていく。

「ゲンマさん、ライドウさん、」

「名前 失敗したのか!?」

「えっ…?」

「転送できなかったか!?」

先輩たちの 焦りや憤りを含んだ口調に、胸騒ぎはが増していく。どことなく里の様子もおかしいし、なんだろう 落ち着かない。

ナルトくんのチャクラを借りて再度過去に戻り、修行中のナルトくんに、未来のできごとを伝えた。そして、術の効果がきれた。
行き先が改変された未来かどうかはさておき、術が解けたら否応なしにもとの暦に戻ることだけは分かっていた。けれど、“今”は残暑の季節のはずなのに、どこか肌寒かった。

「名前、お前はこれまで何度転送された?最後にいた“今”の日付と、最後に戻った過去の日付を教えてくれ。それぞれの日の出来事も嘘偽りなく」

「…はい、えと…過去には2回、遡っています。最後は、8月29日にいて、7月18日に遡りました。8月29日は本来、アスマ班が暁二名に接触した日でした。7月はナルトくんが新術の修行を開始した日で…私は過去に戻り、暁の情報をナルトくんに伝えました」

「今回の作戦じゃ、暁には火の寺より前に連隊で奇襲をかけるよう提案したはずだよな?ゲンマ」

「この案もうまくいかないってわけだな」

ゲンマさんは懐から紙の切れ端を取り出し、暗号の羅列に目をおとす。いったい、何のメモなんだろう。

「成る程な… “5巡目”に戻ってきた名前と寸分違わず同じ回答だ。今回の名前が2回目と言ってるところを見ると、やはり不具合が生じてるな」

「結局この里はナルトの力に頼っちまったってわけか…次の実験に持ち越せるかと思ったが、不具合の確率がかなり高くなってきてる。…あとはないな」

「あの」ゲンマさんとライドウさんの会話に割って入って問う。「一体何がどうなってるんでしょう」


答えがかえってくるより先に、二人の後ろから、新たに人影が現れた。暗闇でも目立つ桃色の髪。サクラちゃんだ。

「名前 戻ったのね」

「え?サクラちゃん、いま…“戻った“って」

ゲンマさんたち協力者や一部の上役を除いて極秘の忍術が、サクラちゃんにバレてる?
私の隣に歩み寄ったサクラちゃんは、崩れ落ちるようにその場にしゃがみこんだ。涙を頬に伝わらせて。

「どうしてうまくいかないの?何回やっても…どうしても変えられないの」

「サクラちゃん…?」

訳が分からなくなってサクラちゃんを呼びかけた、そのときだった。

「やめておけ、サクラ」

この声、まさか。

「気持ちは分かるが、いま“送られて”きた名前にゃ、こっちの事情はわかってねーんだ。混乱させんなよ」

振り返ると、そこにはずっと見たかった姿があった。

「シカマルくん!!」

高く結わえた髪も、するどい糸目も、なにもかも同じ。涙腺が再び緩みそうになる。
シカマルくんは生きてる。戻せたんだ、もう大丈夫なんだ。

良かった、本当に 良かった。



「ごめん…名前、シカマル。取り乱して」

「悪かったな、名前。状況掴めてねーだろうから説明するぜ。この世界では、お前は死んだナルトを助けるために時空間忍術で過去に戻った」

「…!?」


声が出ない。
喉が震えてるのに。

「…その反応からすると、お前が前いた世界じゃ、ナルトは生きてたみてーだな」

シカマルくんはいつもの洞察力で、言葉を失った私からそう判断したんだと思う。彼は伏せ目がちに、悲しそうな、どこか羨望のまじった表情をしていた。
それからの話は、サクラちゃんが涙を滲ませながら教えてくれた。

「名前が教えてくれた情報を、ナルトは私たちに共有しなかったのよ」




ナルトくんは討伐の小隊に加わり、暁に接触した。そして まだ未完成な新術を多用し、敵を倒すのと引き換えに 二度と戦えないほどの怪我を負ってしまった。
角都と飛段を倒せても、その後の木の葉隠れに降りかかる試練がなくなるわけではない。雨隠れのペインは、私がいた時空間線と同じように、木の葉を襲撃しにやってきていた。
里が壊滅し、人柱力のナルトくんは捕らえられ、未だ里には戻らないのだという。おそらくは尾獣を引き抜かれて殺されたのだ。

悲惨な未来に何も言えなくなり、吐き気さえ催すほどだった。

誰もが沈黙を貫いていた。
私は立ち上がって、風の吹く方角に歩いた。
視界が開けると、空には星、眼科には抉られた地面にぽつりぽつりとテントが張ってある。この光景はかつての、ペインが襲撃した後の木の葉の記憶と重なる。


「里がこんなになってから、私たち、名前に教えてもらったの。名前は時空を超える忍術を開発してるって。それ以来、もう何回も何回も、数えきれない位実験を繰り返してるのよ」

私はたった二回過去に戻っただけだったが、それに比べて“この世界の私やみんな”は、私よりずっと、循環し続けている。
ゲンマさんが懐に保管していた暗号は、この世界で行われた時空間忍術の実験の記録と、その術が解けたときに現れた“私”の証言記録だった。
今が10月。新術の実験が行われたのが、8月の末。何度となく実験を繰り返しても、しかしナルトくんがこの木の葉に帰って来ることはなかったと聞かされた。

「ねえ、名前が前いた世界では、ナルトは生きてるんでしょ。どんな世界だったの?カカシ先生もシズネさんたちも、みんな生きてた?こんな…こんな風に、何もかも吹き飛んだり、しなかったの」

サクラちゃんの声は、夜の静けさに溶けていく。

「…やっぱり、今度は私が行く!私がナルトに会って、任務に行かないように…あの術を使わないように説得してくる!」

「オイ!冷静になれよ。これは名前の研究だろ。まだ未完成の術のリスクを承知で名前は使ってんだぜ」

「でも!」

「確かにシカマルの言う通りだ。時空間の概念すら未知数なんだ。現に今回帰還した名前の証言を聞いただろ。時空間線を渡り歩いているならいいが、術者が改変後のどっかの未来で消滅しちまってる可能性も大きい。そんな危険を冒して術使ってるやつの前で、んな軽はずみな言い方はよせ」

「わかってます…名前の覚悟も、どんなに危険なことかも…」

それでも、ライドウさんの叱咤でもサクラちゃんは食い下がらなかった。


「でも…どうしてもナルトに生きててほしい!そのためなら何だってやる……もう一度、ナルトに会いたい…!!」


サクラちゃんの泣く姿をまともに見てはいられなかった。
シカマルくんや、ゲンマさんやライドウさんもきっと同じ気持ちなんだ。
私が変えたあとの未来では、みんなが泣いている。

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