8月29日 今

アスマ先生のライターは、年季が入るにつれ 中のヒンジが傷んできたのだと、シカマルくんは言う。

ヒンジが何かも知らない私は、そっか、と頷くだけにして、シカマルくんが形見の品の代わりに安物のライターを取り出し、買ってきたばかりの煙草を石の上に供える一連の動作を、じっと眺めていた。
薫ってくる煙たさ。彼が毎年、この日に必ず纏うであろう匂い。
苔むして趣すら出てきたアスマ先生の墓石には、やまなか花の花束やお菓子、野原の花で編まれたかんむりが、寄り添っている。今年はすでに チョウジくんといのちゃんがお参りに来てたみたいだ。
今日もきっと アスマ先生も喜んでるんだろうな。


「さっき慰霊碑のほうにも寄ってみたんだけどよ。彫られた名前、なんつーかすっかり馴染んじまったよな。前は違和感しかなかったのによ」

「…もう随分と経つもんね」

「早えよな」


忍界大戦が終わり、そのあとの世界は劇的に変わるのかと思ってたけど、私たちは相変わらず今も忍として働いている。

煙草の匂い、夏の匂い。
久しぶりに会ったシカマルくんは また少し大人びたように……なんて偉そうに言えるほどに、私はシカマルくんと特別近しい訳ではない。
アカデミーの同期仲間でも、幼いころ親しく一緒に遊んだ記憶もなければ、下忍班も違うし、私が何かにつけていのちゃんやサクラちゃんと居るから、たまに会えばちょっと話す、そんな間柄だ。


「シカマルくん、最近も相変わらず忙しくしてるみたいだね」

「まあな。火影が人使い荒くてめんどくせーよ。まだ先代の方がマシだったぜ」

「それだけ頼りにされてるんだよね。すごいよ」

「どーだかな…そっちは?」

「私は…結構のんびりかな。あ、でも研究室に籠りきり」

「お互い苦労するよな」

偶然にもアスマ先生のお参りにばったり出会したように計らったけれど、今日ここにくれば必ずシカマルくんに会えると知っていて、来てみた。
あたたかいような、それでいて、すこし肌寒い。
夏の終わりを知らせる風が吹く季節のこと。


「…あのね、シカマルくん」

完成したんだ。

それだけ告げると、シカマルくんはだんまりを決め込んだ。
アカデミー卒業後、科学忍術研究班に勤めて幾年。全てを費やしてきた極秘研究 四代目火影様の“飛雷神の術”を元にした新術が、ついに完成したのだ。
その術で、あした私は時空間を越える。

綱手様やカカシさんたちが集まる上役会議にシカマルくんも加わっていたから、今日は説明が省けた。

「…例のヤツか」

「うん。火影様がやっと許可出してくれたから、明日早速決行することになったんだ。向かう年月日は、今回は自由に決めていいって」

「本当に問題ないのか?過去に行くとか」

「うーん、多分?」

「多分って…おい」

「未来を変えることはしない、何もしないで帰ってくるって決まりだから 大丈夫だよ」

「けどよ、無事帰れる保証もねえだろ?下手したら未来どころか…」

「だ、大丈夫だって。私、昔に帰れたって、大それたことする勇気もないし」

「…」

「…ねぇ、そういうシカマルくんはさ、変わってほしい過去とか、やっぱりあるの?」

私はひどい友達だ。
シカマルくんが本音を口に出さないとわかっていながら、冗談まじりで聞いたりして。
そんなこと、わかりきってるのにね。

ねえ、過去に戻ってやり直せるとしたら あなたは何を望むの。


「オレは特にねえし、めんどくせーからパス。五代目なら、富くじの当選番号でも教えろっていうかもな」

「五代目様には会わないようにしなくちゃね」

「イルカ先生に居眠りバレる前なら行ってもいいかもな」

「それ名案。昔のアカデミー、覗いてこよっと」


嘘だった。私はもう、いつ、どの季節に遡るか決めていて、大それたことをしでかす心積もりでいた。


「明日早いし、そろそろいくね」

「ああ。…気ぃつけろよ 実験」

「うん。じゃあまたね」

目指すは過去。あの日、あのときの故郷まで。






「始めるぞ」

複雑に描かれた法陣の上に、ゲンマさんたち3人に囲まれた中心で印を組む。
過去へ飛ぶのは私だけ。
術の持続時間は 頑張っても5分 というところだろう。
瞼の裏がほんのり明るくなり 日の光が変わったのを感じた。頬にそよ風を受ける。
さっきまでの屋内と違い、暑い。真夏の猛暑日だ。
成功した。
その証拠に、高台のベンチに寝転がった16歳のシカマルくんが、私を見て驚愕の表情のまま固まっている。
間に合った。
間に合ったよ。
私はあの夏に戻ってきた。

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