膝をすりむいたまだちいさな「わたし」が、シカマルくんと別れて自分の家へ入っていこうとする。その光景を木陰から伺っていた。
家に入ってしまえば父や母がいるから、「わたし」がひとりになったこの瞬間、タイミングを逃すわけにはいかない。巻物を握りしめ、深呼吸する。


大丈夫。やるんだ。大丈夫だ、よし。

一歩踏み出そうとしたその刹那だった。


「…っ!?」


突然背後に気配を感じと思うと、強い力で口を塞がれる。叫んでも叫んでも声が出ない。右手首に感じる手のひらの圧力、びくともしない。


「フー…なんとか間に合ったぜ」


真後ろから私の動きを遮ったのはは、他でもなく、20歳ころシカマルくんだった。

「…え…?シ、シカマルくん?」

この世界は正真正銘過去のはず、さっきまで、アカデミー生のシカマルくんだっていたんだ。どうして大人のシカマルくんがここに?

玄関に歩いている「わたし」のことなんて全く気にもせず、私はぽかんとした表情で彼を見つめる。シカマルくんは呆れたような、それでいてやさしい笑みを見せる。そして一言だけ呟いた。



「未来から」


ただいまー!弾むような声で「わたし」はうちに帰り、やがてパタンとドアが閉まる音だけが響いた。




4月6日



「あ…!」

ドアの音で本来の目的を思いだし、愕然とする。しまった、最後のチャンスを逃してしまった。みんなが悲しまないための唯一の手段だったのに。


「…そんな…」


口は手のひらからゆるやかに解放された。じわじわと目尻が熱くなるのもお構いなしに、私は未だ背後にいるシカマルくんに振り返った。


「どうしてここに…?なんで止めたの!?」


怒りの含んだ自分の声。でもシカマルくんくんの声には、それ以上の何かがあった。


「頭いいお前ならわかるだろ。止めに来たんだっつの」


「止めにって、」

「事の発端をな。お前がアカデミー生のお前に、未来の情報が全てかかれたその巻物を渡すのをよ」

シカマルくんがすらすら唱えた言葉に、全身の血の気がさっと引いた。


「…知ってるの?」

「まあな」

「じゃあ、シカマルくんがいた世界は…つまり…」


「ああ。ここはオレの過去だ。巻物を受け取ったこの世界のお前が、あの日、アスマと敵の間に割り込んで犠牲になるっつー超バカなことしたせいで、わざわざ過去に飛ぶなんてめんどくせーことになってんだぜ」


「…でも、あの時空間忍術は私が研究してたんだよ?私が死んでるなら、遡る方法なんて…」

そう言うと、人差し指で自分の頭を指さして、あいにく頭使うのは苦手じゃねーんだよと皮肉るシカマルくん。

「ちなみに気づいてねーみてえだけどよ、お前の研究じゃ目的が達成されない場合、次の時間軸に移るだろ。お前の研究をもとにオレが開発した時空間忍術じゃ、被験者が触ってるものはその時間から動けねーんだよ。オレがお前の手首から手を離しゃあお前は、なにもせず、もといた世界に帰る」


ホルダーから取り出されたのは、古びた巻物、今私が握りしめているものにそっくりだった。

「そ、それ!」

「お前が死んだ後、オレがその巻物を見つけて譲り受けた。全部読ませてもらったぜ」

「全部…?」

「お前がいた世界も、お前が変えた世界も。だからオレは未来から止めに来たんだよ」


何年を時を重ねて端が解れ破れ、褪せてぼろぼろになった巻物。



「もういい。なんとかしようっつー気持ちは貰っとくけどよ、ありがた迷惑だ」


シカマルくんの真っ黒な眼差しが私を捉え、すべてを理解した。この人がどれだけ悲しんでくれて、「私」と接触するためにどれだけ頑張ってくれていたか。
せっかく過去に戻ったというのに、アスマ先生のことも木の葉のこれからも知っていて、私のことだけを変えににきてくれたの。


「ほんとは、分かってたの…シカマルくんはとっくに乗り越えてたこと…アスマ先生の意思を継いで、前に進んでたって…それなのに」

あなたはどれだけ強い人なの。


「シカマルくんに踏み込みたかったのかもしれない。私は戦えないから、こんな私でも何か役にたてたらって、ひとりよがりだった」

「ひとりよがりじゃねーっての。お前はオレのために何度も何度も巻き戻してきたんだろ?それだけで充分なんだよ」


もういいんだ。シカマルくんの一言に、涙が止まらなくなった。


「じゃあ、手ぇ離すぜ。そしたらお前は元の時間軸に帰る。なあ、変えるんならよ、過去じゃなくてこれからを変えろよ」

「こ、これから?」

「ああ。やったことの後悔はすぐ忘れても、やんなかったことの後悔は後からでかくなるだろ。オレにゃあるんだよ、やんなかったことの後悔」


涙をふいて、どんな?尋ねれば、シカマルくんは恥ずかしそうに頭をかきながら言うのだった。


「アカデミー時代に、好きなやつがいたんだよ。いのにくっついてる奴で。頭はいいんだけどよ、走って転ぶし、自信なさそーにしてるし。気持ち伝えねーうちに勝手に死なれて、こんな巻物まで残されて、こっちはたまったもんじゃねーっての」


じゃあな。

早口に紡がれた言葉が終わりを迎えると、手のひらが離され、突如として景色が変わった。








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