山形県天童市。将棋のまちとして有名なこの地では、シニア向けの地方教室も毎度熾烈な指導対局が繰り広げられる。
このあたりが地元の俺には慣れっこだが、派遣される講師役の年齢層がさがればさがるほど、なんとも言いがたい正月の親戚の家的な空気がうまれる。
大勢のじじばばに囲まれて引っ張りだこになっている望月の姿は、なんというか…久しぶりに帰省した孫。

「ちょ、じさまたち落ち着いて」

「なんじゃあ開 邪魔するない!」

「そのこ孫じゃないんだから、お小遣いもナシ!飴ちゃんもおまんじゅうもポケットに詰めちゃダメ」

「お年玉は?」

「それこそダメに決まってるでしょう!」

「なんだあ開ちゃん父親みたいに〜」

「いやいや、俺そんな年食ってないって!(涙目)」

現在の光景、娘を甘やかそうとするお年寄りたちを捌く父親の図。ちなみに今日の俺だ。あー 胃が痛い。

どこでも苦労人島田先生



「はー…疲れた」

多面打ちよりも、望月の熱狂的なファンもといお年寄りをけちらす方にどっと神経を使った午前。休憩に入る頃にはすっかり体力を使い果たしていた。

「島田先生。お疲れさまです」

控え室のソファに凭れてため息をついた俺に、望月はお茶を差し出してくる。俺の胃の話を誰に聞いたのか、熱すぎないほうじ茶を。
窓の外には雪がちらついていた。

「ありがとな」

「今日は良くしていただいて、本当にありがとうございました」

「良くって言っても、天童のじいさんばあさん、みんな元気だろ 望月もはっきり言っていいんだからな?」

望月は俺の隣に遠慮がちに腰かけ、少しはにかんでいた。困ったような、いつもの笑い方で。
まあ、じっちゃとばっちゃの気持ちがわからんでもない。しわくちゃな手を握って隣でうんうんと相づちを打ってくれる女の子をつい可愛がりたくなるのも頷ける。
その実、この子だってプロを目指してるんだ。大人しそうな見かけによらず奨励会の三段リーグ在籍、女流タイトルの経験あり、攻めに転じたときの豪快な指し回しは“あの子、中身イノシシなんじゃないの”と噂されてるくらいだ。

「三段リーグの真っ最中だし、わざわざ休み使ってついて来なくても大丈夫だったんだぞ?」

「いえ、また来たいなってずっと思ってたんです。女流玉座の番勝負で伺ったときに、皆さん前夜祭にもいてくださって。嫁っこさ来いーとか、また来てけらっしゃいって声かけてくださったし」

「嫁ねえ……」

「ここに来ると、実家でよくお父さんと指してたのが、なんだか懐かしくって」

目線を湯飲みに落とす仕草に、既視感。そうだった。彼女も同じく、この世界で生き残るために、遠く故郷を離れてやりくりしてるのだ。

「もしかして、わたし、皆さんの前で暗い顔しちゃってましたか…?」

「いや?始終笑顔だったよ」

応えれば、安堵したように緩む口端。
難しい時期で心中は絡まった糸より複雑なんだろう。それを口には出さないが、将棋以外の悩みは結構、周りに筒抜けだったりするんだよなあ。

「余計なお節介だと思ってほしいんだが 聞いてもいいか?」

「?何でしょう?」

「スミスには言わないのか?」

かちん
と音をたてるような勢いで、硬直する望月。しまった、つい悪戯心で聞いてしまった。

「な ななな」

「ああ、悪い。見ててなんとなくそうなんじゃないかなと」

「……わ 分かりやす過ぎでしょうか わたし」

一瞬で青ざめたのちに、みるみる真っ赤になる横顔。ストレートすぎる。見てるこっちがむずかゆい、痛くなるほど…いや、この場合胃じゃなくて胸だか。

「すまん。聞き方が雑だった。なんというかな…気持ちを伝えてなにかが整理されるってわけじゃないんだろうが…強く自覚してると、それなりに堪えるものもあるように思えてな」

茹で蛸のように頬を染めた望月だったが、やはり年相応の所在なげな女の子とは思えない、複雑な表情をしていた。

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