今朝方に携帯で見たニュースで、初雪が降ると書いてあった。予報の通り 屋上へ続く階段も今日は一際寒々しい。
それでもいつも僕はここにくる。

決まって昼を過ごすこの場所に、望月さんも時折姿を見せる。食堂に寄ってレンチンしてきたお弁当と、あつあつの水筒をいだいて。

「桐山くん、また徹夜した?」

「…うん まぁ」

「対局して帰ってすぐに棋譜並べて、夕飯も適当にすませて?」

「えーっと」

「お世話になってるっていうお宅にも行ってない?」

「…ハイ」

みとめると、やっぱり、と望月さんが肩をすくめた。
僕は 彼女がこの学校の生徒だと知らずに編入を決めた。ここの廊下で鉢合わせするまで、本当に気づかなかったのだ。橋高の制服を着た彼女とは数えきれないくらい将棋会館ですれちがってきたのに、自分はそれほどにだれかのことに無頓着でいるのかと、少し考えこんでしまったくらいに。

将棋部のないこの学校を、僕も彼女も、探し抜いて辿り着いた。僕は半年前に。彼女は二年半前に。
そういうわけで この校舎で誰かと将棋のことを話すようになるとは想像だにしなかった。(将棋漬け生活を熱烈に歓迎する教師陣の存在を、だれが予想するだろう)
ここではほとんどの人が気付かないであろう、僕らのもうひとつの いや、ただひとつ持ち得ている一面のこと。


島田さんとの勝負からしばらくが経ち、ばらばらになった自分を立て直そうと精一杯な僕は、また周りの人に心配をかけている。あかりさんたちにも、林田先生にも、そして望月さんにも。
差し出されたお弁当の中身はたくさんのコロッケ、ポテトサラダ。ちなみに僕は同じ弁当箱に詰められた大量の肉じゃがにも、何度か遭遇したことがある。彼女はやけになると、料理に走るのだ。

「ごめんね。作りすぎるたびに毎回桐山くんに食べてもらっちゃって」

「ううん 僕はありがたいし …でも…そうだなぁ 今度は別の食材にチャレンジしてもいいんじゃないかな。じゃがいものオンパレードだと望月さんがつらいだろうし…」

「そうだねえ。これからは果物にしようかな。リンゴとかだったら、ジャムとかアップルパイにできるもんね」

「…(そういう問題じゃないような)」

「あ お茶冷たくなってないかな?」

ステンレスのコップは、傾けると確かに熱かった。でも熱刺激が一度喉にびりりときてしまえば、あとは緑茶のやわらかい味がからだじゅうに広がる。

「大丈夫。あったかいし、おいしいよ。お茶もコロッケも」

「よかった」

望月さんがあかりさんたちとちょっと違うのは、彼女が僕に遠慮なくエスオーエスを出してくれることだ。
人に頼られることの少ない僕は、彼女からの相談が(ほとんど食べ物がらみだけれど)、すこしうれしい。


「スミスさんね、最近あたらしく彼女が出来たみたいなの」

「え」

「しかもその人と同棲してるみたいなの」

「同棲!?」

望月さんはコロッケを口いっぱいに頬張ったまま、項垂れた。

「これまでも彼女がいたことはあったけど…今回はちょっと様子がちがうみたい」

「…」

「どうしよう。このままスミスさんが結婚だなんてことになったら…私 全然お祝いできる自信ないよ」


僕たちには、あの将棋会館を出れば勿論、家も家族も生活もある。
家庭のある棋士。孫に手を焼く棋士。生涯独身を貫く棋士。伴侶がいるのに、若いひとと密かに関係を持っている棋士…ひとりひとり、さまざまに。
そんななかで彼女は、同門の兄弟子であるスミスさんに、思いを寄せているのだ。
僕は眼鏡のブリッジをちょっとあげて、笑ってみせようとした。

「望月さん、まだそうと決まったわけじゃないし、そんなに思いつめなくても…」

「…」

どうか泣きそうな顔をしないで欲しい。
遠くにいる僕の姉が、同じように誰かに、心を痛めているような気がしてしまうんだ。


桐山くんにおなやみ相談



「きりやまーお前またンな寒いとこで…って お、今日は望月もいるのか。ふたりして何食ってんだ?」

「コロッケです」

「林田先生もいかがですか?」

「おっ、んじゃ遠慮なく…うまっ!望月、おまえいいお嫁さんになれるなー!」

「…」

「先生、いま…地雷踏み抜きましたよ…」

「え?」

翌日、将棋会館ではアップルパイが振る舞われましたとさ。

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