ああ なんてこと。獅子王戦トーナメントが気になってパソコンで棋譜中継を確認しながら夕飯の用意をしていたら、いつの間にか両手鍋いっぱいにじゃがいもを剥いてしまいました。
田舎から送ってもらった仕送り、全て。じゃがいもよ 無念なり…
どうしたものかと途方に暮れても、しかし、頭に思い描くのは大量のじゃがいもの末路ではなく、あのひとのこと。
もうじきに終局、後藤九段へ傾いた勝勢はもはや覆せない。スミスさんは今 どんな気持ちで盤に向かっているのでしょうか。

しばらく悩んだ結果、わたしは完成した料理をお弁当箱に詰めて 冬の夜に飛び出しました。
マフラーを忘れたと途中で気づきましたが、いま引き返せばきっと、臆病心が勝ってしまう。コートの襟に頬を埋めるようにして、早足で目的のマンションへと向かいました。いつだったか、いっかいだけ、師匠や一砂さんたちとお邪魔したことのあるスミスさんのマンション。もちろん、それきり入ったことなんか、当然ありません。
忍び足でやってきた私は、すっかり悴んだ手でかばんから紙とペンをとりだして、紙袋にメモを添えてすぐにその場を去りました。



さくさくと霜をならして帰る道。ええ、実は猛烈に後悔しています。恋人でもなんでもない、ただ同じ門下の妹弟子の分際で、手料理片手に兄弟子の部屋を訪ねるなんて、これって、なんてハラスメントにあたるのでしょう。ストーカーと思われても致し方ありません。
地団駄を踏み踏み、これ以上考えると奇声をあげてしまいそうです。しかし、ここで電話をかけれるほどの関係ではないし、わたしもそれほどに、駆け引きができる大人な女性でもありません。
そう 大人の女性であればきっとよかったのです。

所詮わたしは高校生の奨励会員。
8歳年下の女の子に好かれてると気づいていながら突き放せないスミスさんの、そのやさしさに漬け込むような、したたかな後輩なのです。

あの人の周りに、バーのキレイなおねえさんたちが取り囲んでいたって、お酒を飲み交わして気持ちが楽になるならそれでいいではありませんか。後藤さんと戦って消耗したスミスさんの心を癒やすことが
わたしにはできないとわかりきっているはずなのに、本心はどこまでも素直に、ぐちゃぐちゃに絡まった毛糸のよう。

はあ。

白い白いため息をつき、スミスさんの今となりいるであろう誰かに勝手な嫉妬の炎をもやしながら、ひっそり家路を辿るのでした。

妹弟子のおもうこと



お願い。綺麗なおねいさんの膝で慰めてもらったりしないでください。

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