カラオケって場所が、俺は昔からどうも得意じゃなくてな。
はじめのうちはそんな調子でかわしていたが、長くなっていく横溝との通話の果て、「島田さん今夜はどうしても是非」と粘られたもんで、イルミネーションの点滅する街中へ渋々繰り出した。
で、来てみたんだが。
個室には大量のビールジョッキ。
出来上がって歌い狂う中堅棋士ども。
そして 席の隅っこで木彫と化してるスミス。
…うん。イブ予定ない組は毎年ここで荒れてるよなぁ。こうなってるのは想像ついてたんだけどな。なんで来ちまったんだろう。俺。


「親友☆スミス君のために歌います!聞いてください!宇佐田ヒカリで『ファーストラブ』」

「一砂くんその曲キャンセルして!スミスの傷口に塩塗っちゃう!」

「じゃあ山上達朗の『クリスマスイブ』を!」

「ソレもだめじゃん!?ひとりきりのクリスマスじゃん!?」

「えっっでもイントロ始まっちゃったよ!……あめは夜更けす〜ぎ〜に〜♪」


歌い出しちまった松本を横目に、俺は固まったままのスミスの隣に座った。デジャブだ なんか前もあったなこんなこと。酒と煙草を慰めに二人して話して、あんときも話題は望月だったっけか。

「最近大変だそうだな スミス」

「島田さん…」

「桐山に少しだけ聞いたよ。望月の耳のことと、武者修行のこと……ああ、勿論さわりだけな。俺が知ってるのはその程度だ」

桐山もほとんどの情報伏せたし、立ち入った話に余計な詮索は野暮ってやつだよな。
そう付け加えて、俺はジョッキを傾けた。
望月の聴力に回復の見込みがあるかどうかとか、望月が頼み込んで修行をつけてもらってるという棋士がいったい誰なのかとか、詳しいことは何も知らない。余計な追求をする気もない。
ただ、こういうとき相槌を打つだけの聞き役ってのが、渦中で苦しむ人間にとっては逆に楽なんじゃないかと 俺は勝手に思っている。

「頑固な彼女持つと苦労するな」

「残念ながら彼女じゃないっす。まだ」

「ああ、そうだったか」

「付き合ってないっすけど…俺、一緒に住まないかって言ってみたんですよ。雫に」

「おお」

「これでも結構真剣だったんすよ?で、そしたら数日後にはいなくなってるっていう」

「あ〜…キツいなぁそりゃ」

「でしょ?くっそー腹立つわー雫のやつ」

恋の悩みだけで辛うじて済んでた一年前よりもずっと複雑になってるのは、当然。スミスと望月の 互いの人生にかかわる悩みに変わったんだ。
三段リーグ 鬼の住処に身を置く奨励会員にとって、己のモチベーションを保ち続けるのは容易なことじゃない。学業や趣味や遊びでうまく気持ちを切り替えられるヤツもいるが、そうでない若者には師匠や先輩が“将棋に専念しろ、四段入りまで女は我慢しろ”とわざわざ釘を刺すこともあるくらいだ。…まあ悲しきかな俺は、長い下積み時代にそんな忠告一度も受けなかったが。

将棋の置き換えれば、望月の選択は大悪手だ。
棋士としての男としての スミスのプライドをどちらも粉々にして 別の棋士に頼って消えたんだから。その後の関係を修復できるかと言えば そう簡単な話じゃないだろう。
されど 将棋指しの強欲さも、俺はよくわかる。
この聖なる夜に、どうしても一緒に過ごしたい人間が、今の俺にはいない。そういう類いの幸福と引き換えに、どうしても手に入れたい席がある。到達したい場所がある。

大概のことをそつなくこなすスミスなら、棋士人生ひとりぶんなら、おそらく器用にバランスを取れるだろう。だが相手も将棋指しとあっては―――しかもそれが意外に猪突猛進系の妹弟子なら話は別。
きっとこの男は、望月を前に、いつもみたくやさしい兄貴ヅラしちまったんだろうなあ。
気の抜けたジョッキの残りを飲み干して、部屋じゅうにわんわん鳴り響く一砂の歌声にまぎれてスミスがハアと溜め息をついた。

「“きっと君はこない”って、定番曲なのになんだよそのフレーズは〜…あー、マジで雫帰ってこないかも」

「それはないだろ」

「そうっすかねぇ」

「帰ってくるさ。必ず」

自分の彼女に逃げられた男の言葉では説得力ないだろうが、分かるんだよ 俺には。
口には出さなかったが、棋匠戦七番勝負からしばらく経った頃、将棋会館でばったり出くわした望月との短い会話を俺は思い出していた。


「島田さんと柳原棋匠の対局、見ていて胸が掻きむしられるみたいでした。わたしも棋士になって、同じ場所に立って、あんな将棋を指せるようになりたいです」

「そうは言っても負けは負けだ…タイトルホルダーには遠いよ」

「でも島田さんが柳原棋匠の最高の一局を引き出したことには変わらないでしょう?」

「…」

「ここで中継見てたみなさんも全員画面に釘付けになってましたよ。横溝さんも一砂さんも…スミスさんも、頬を染めて目を潤ませて、まるで少年みたいに」

「…なるほどなぁ」

「え?」

「そうかぁ。棋士になってスミスの最高の棋譜を引き出したいわけだ?望月は」

「えっ!?」

「そうかそうか」

「しっ、島田さん、このことはっ!内緒にしててくださいね!?」


甘酸っぱい夢、俺は本人からばっちり聞いちゃったんだ。
やっぱりお前なんだよ。
望月が盤越しに向かい合いたい人間は。



「…そういや、今日は坊と桐山呼んでないんだ?」

「なんでも知り合いのクリスマスパーティーにお呼ばれしてるらしいっすよ。ふたり揃って」

「なにぃ!?クリスマスパーティーだとぅ!?」

「女性の気配を感じる!!生意気な!あの東の王子ペアがぁーっ」

こうして、クリスマスは世知辛く夜更けていきましたとさ。

野郎だらけのクリスマスイブ


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