この数日の出来事が 僕の頭の中を しょっちゅう占領してくる。

宗谷にもお前と同じ症状があるんだ
あいつは病院サボっちまったが
早いとこしっかり治療すりゃ治していける
だからあんまり思い詰めるな


スミスさんが病院に到着するよりも少し前に、神宮寺会長は筆談で 望月さんにあることを伝えていた。
会長の走り書きを眺めながら 僕は、台風の日の新幹線に居合わせた宗谷名人を思い出していた。
どこか遠くを見ているようなあの横顔を。
呼び掛けに肩を揺らした宗谷さんの動作が、会館での望月さんの異変とぴったり重なったから、気づけたのだと思う。

宗谷名人は別段隠しているわけでもなさそうだと会長が話していたけれど、彼の体調のことは棋士たちの間で気遣われていたはずだ。世間が騒ぎ立てないように、彼が将棋に専念できるように、って。
望月さんの場合はどうだろうか。プロ棋士の公式戦と一線を画していても、三段リーグは注目度が高く、紙面でもネット上でも勝敗の行方は追われている。望月さんが急ぎ治療を受けるとしても、彼女はこの前みたく 休場したくないと言い張るのだろうし、続行したら症状を気取られないわけがない。いずれにせよ 状況は厳しくなったのだ。

いつもと変わらぬ振る舞いも、周囲を心配させないようにと無理をしてのことに違いない。だってあの日 病院に駆け付けてきたスミスさんを、いちばん気を許しているひとを目にしたほんの一瞬だけ いつもの彼女が戻っていた気がしたんだ。

二海堂が新人戦準決勝で倒れたときは、僕はただ、自分のことを突き詰めるしかできなくて。
それなら今回はなんだ?僕にできることって。
友だちとして僕にできることはあるのか?



「れいちゃん」

と そこで名前を呼ばれて、ふと我にかえった。

「れいちゃん、どうしたの?」

こたつの向かいに座るいていたひなちゃんが、数学の参考書越しに僕の顔をじーっと見ていた。
しまった。棋譜の写しを手にしたまま ぼんやりしてたらしい。

「考えごとのジャマしちゃったかな!」

「大丈夫だよ。僕こそ教えにきてるのにボーッとしちゃってたね。えっと、演習問題でどこかわからないところ、あった?」

「れいちゃん 何かあった?」

「え?」

「だって困った顔してるから」

ひなちゃんはこういうとき、本当にひとの機敏をよく察せてしまう。

「…将棋の友達がね、入院してるんだ」

僕はほんの少しだけ、ひなちゃんに今回のことを話してみた。友達の力になってあげられること、ないかな、って。するとひなちゃんは シャーペンをぎゅっと握りしめて、こう言ったのだ。

「う〜〜ん………あ、そうだ!なにかおいしいものを持ってお見舞いにいくのはどうかなっ」

「おいしいもの?」

「うん!甘いものとか!おいしいものとか好きなもの、友達と食べるとホッとするでしょ?あとはね、かわいいもの!それと…」

と、ひなちゃんは次々にアイディアを出し始める。
そういえば……望月さんが駒橋高校にいた去年は、まだ将科部もなくて。屋上でお昼休みをやり過ごしていた僕に、コロッケとかお弁当のおかずとか、彼女が色々持ってきてくれていたっけ。(当時の望月さんはスミスさんにモヤモヤ片思いの最中で、大半が気晴らしに作った料理だったけど)
たくさん食べて話して、だから一年生の冬も、結局ひとりじゃなかったんだ。僕は。

「ありがとうひなちゃん。そうしてみるよ」

お礼を言いながら、あかりさんたちと望月さん、会ったら絶対仲良しになるだろうなって気がしてきたのだった。


*

体調が上向きになったと連絡があって、それならと、対局のない日の放課後に望月さんの病室を訪ねることにしたのだけれど。

「やあ望月くんっ!!調子はどうかな?」

なんで二海堂までついてくるのさ!


カーテンの奥にいきなり現れた二海堂に、望月さんはかなりびっくりした様子だった。

「桐山に話は聞いた!ひとりでお見舞いに行くというものだから心配で心配で…まったく水臭いぞ桐山ぁ!」

いやいやアナタが騒がしい人だとわかってて連れて来たくなかったんだよ!
まあ、女の子のお見舞いにひとりで行くの、内心どうすればいいかと思ってたし、いいっちゃいいんですけど…

「望月、よかったら貰ってくれ。プリザーブドフラワーのアレンジメントだ 長持ちするから家でも飾れるぞ!あとな、これも是非渡したかったんだ……タッチペンつき電子メモパッド 二海堂グループ特注・自動内容保存機能つきだ!さあ使い心地を教えてくれたまえ!」

プ、プリザー……?なんだろう…それ…そこはなとなく入院慣れ&お見舞い慣れしてる感があるぞ。っていうか筆談専用電子パッドとかほんと気ィ利く!筆記なしで大声で捲したててるのに望月さんもニコニコしてるし 二海堂やっぱお前すごすぎるよ…っ!

さっそくタッチペンを試した望月さんは、くすくす笑いながら僕に液晶を向けた。

ヒミツって約束したのに
桐山くん 意外におしゃべりさんだよね


わあああごめんなさい!!そうなんです、なんか悩んでのめり込むとそういうとこあるみたいなんです僕……。
望月さんはまた電子パッドに書き込みをし、今度は二海堂の方へも傾けた。

二海堂くん ありがとう
オールドローズ、大好きなの
このボードもすごく書きやすいよ
助かります

ふたりとも来てくれてありがとう!
とってもうれしい


入院中は安静にと念押しされてるはずなのに、ベッド脇の小机には、棋譜が何枚か置かれていた。やっぱりまだ食らいついているんだ、必死に。

「望月さん、僕からはこれを その、お見舞いに…」

紙袋から中身を取り出して、そっと箱を手渡す。
のし紙をといて上蓋を開けるなり、望月さんの瞳には、ぱあっと星みたいな輝きが広がった。
電子パッドを借りて、僕も伝えてみる。


三日月町ふくふくダルマ
ひなちゃんが考えたお菓子なんだ


前に桐山くんが話してくれた子だよね?
すごいねひなちゃん!
ものす〜ごくかわいいお菓子
食べるのもったいないよ!


望月さんの返事には、端のほうにハートマークの目をした雪だるまが添えてあった。
なんだか僕のほうまで嬉しくなってくる。よかった このお菓子を贈れば喜ぶぞって自信があったんだ。
見た目もすごく素敵だけど、味も喜んでくれるに決まってる。二海堂が遠慮なく食べられるよう みたらし団子とあかりさん特製ヘルシー杏仁豆腐も持ってきているし、準備は万全。
一緒に食べよう。みんなで食べて、話して、笑おう。そしたらひなちゃんの言う通り、ほっと顔がほころぶはずだから。

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