閑話休題です。
どーん、わたしの真横には、エレベーターの天井に届かんとする長身の男性。その足元は、かの、旅館の壁を蹴り抜いたという伝説の足と靴!効果音がつきそうなほどの存在感!
本当にたまたま、隈倉先生とエレベーターに乗り合わせてしまいました。
チーン!
面識もなく話し掛けるのも変でしょう 沈黙を守ろうと努めますが、空気が重たいというか、体格のいい隈倉先生を背後に、自然とプレッシャーを感じます。スミスさんや一砂さんも長身だけれど、ふたりとも細身だからなぁ…ちらりと隈倉先生を盗み見ると、あろうことかそのひとは、わたしの方を…正確には、わたしが抱えている白い紙箱を見つめているではありませんか。
「それは?」
「えと…アップルパイです。作り過ぎてしまったので、会館の皆さんにお裾分けをと」
「手作りなのか」
「は、はい」
頷くと、鋭い眼孔がくわっと見開かれ、じーっと箱から視線を離しません。あ、そっか隈倉先生って 将棋界でも稀にみる甘党でしたっけ。
「…あの、よろしければおひとつ召し上がりますか?フォークと紙皿が休憩室にあるのでご一緒に…」
「今貰おう」
「えっ」
超速。
彼は箱から切り分けられたアップルパイの一切れを鷲掴みして、ぺろりと平らげてしまいました。わっ、ひとくち!テレビ中継の対局中でもケーキ鷲掴みしてたけど、本当に甘いものがお好きなんだなあ…
「うまい。もうひとついいか」
って、あれ、あれれ、あああっ!もう一つもう一つと言いつつ、ひょいと摘まみ続けて……
チーン!
「お粗末様。旨かった」
ついには半分以上も食べて去ってしまったのです。
チーン。
エレベーターが開くと、その先にはスミスさんの姿が。
「雫 …あれ、どした?」
「みなさんの差し入れにとアップルパイを持って来たのですが」
「おお〜」
「でもエレベーターで隈倉先生が半分食べてしまわれまして」
「まじか!」
と、スミスさんが箱の上蓋を開けて覗き見ます。
「神宮寺会長と桐山くんにはもうメールしちゃったし、ハッチさんにもこの前のお詫びにと思って会長経由で声をかけてもらってて…」
アップルパイは残り3つ。会長、桐山くん、ハッチさんの分でちょうどになってしまいました。
「つまり俺の分ないカンジ?」
「…はい。困りました」
「桐山はいらないって遠慮しそうだけどなー」
「ダメです!欠食男子の桐山くんにはちょっとでもカロリーのあるものを食べてもらわなくちゃ!」
「まあそうだよな。でもって、雫のもなくね?」
「自分のぶんはアパートにひと切れ置いてきてあるんです」
研究の休憩のおやつにしようと思って。ちゃっかり、。
答えると、スミスさんはなぜか目線をそらして、ぽそっと一言。
「じゃあ俺はあとでご相伴にあずかろうかなー…」
「?」
「雫の部屋で」
わたしの手からアップルパイの紙箱を引き取り、「さあさあハラ空かせたロールキャベツ男子諸君〜!差し入れが来たぞ〜〜!ハイ集合!!」と、スミスさんはみんなの待つ部屋へとせかせか歩いていってしまいました。
え?
それってつまり、スミスさんが…わたしの部屋に遊びに来たいってこと……?
全身かあっと火照って身動きが取れないまま、エレベーターの扉がまた、閉まって。
チーン!
ああもう!だいたい隈倉先生のせいです!
- 18 / 42 -
▼back | novel top | ▲next