プルルルル、プルルルル。

『あーはい、もしもし』

コール4回目 電話越しにも聞き慣れてきた声が、耳を掠める。


「こんばんは」

『おう。どう?そっちは』

「今のところ問題なしです』

スミスさんが副立会人で京都出張に出ている夜、わたしは彼の部屋で、詰め将棋本を手に、愛猫いちごちゃんとお留守番中。

「スミスさんは?」

『俺?俺もこれから寝よっかなってトコ』

「朝から移動でしたものね。お疲れさまでした」

『どうよ。俺がいなくてさみしがったりしてるんじゃない?大丈夫?』

それはわたしに対して?
それとも子猫に対して?
わかっています。こうして電話をかけても、あなたの心配はいちごちゃんばかり。宿主のあなたが不在の部屋で、仮にもわたし 初ひとりお泊まりにちょっとソワソワしてるのに。

「いちごちゃん、とっても元気ですよ。ご飯もぜんぶ食べてくれました」

『え?あ…そう、食欲もあるの?モリモリペロッと食べちゃった?』

「はい。おかわりも。今は膝に乗ってるんですよ。ね〜いちごちゃん」

「みゃあん」

『!?え…?何、今のその声…い…いちごちゃん?何?オレ以外の人にそんな甘えた声…え!?ヒザ!?ヒザに乗ってる!?どゆこと!?抱っこキライでオレのヒザにも乗らないのに!?』

「スミスさんて好きなものに構いすぎて嫌われちゃうタイプなんですね……って スミスさん?」

ツー、ツー、ツー…

電話切れちゃってる。
すねちゃったんでしょうか。

プルルルル、プルルルル。

「もしもし、スミスさん?」

『…もしもし…ああ悪い、うん切れた ケータイの電波わるいみたいでさ…』

切れたって。スミスさんから切ったくせに、うそつき。

「電波って、いま外ですか?さっき寝るとこだって」

『ああ…うん…ちょっと一杯行こうかなって…』

「キャバクラはダメですよ。ホステスもスナックも禁止。きれいなおねえさんのいるお店で飲むのは許しません」

『えっ…厳しい…』

「副立会人なんですから飲み過ぎもいけませんよ。 もし明日急にお仕事が入ったりしたらどうするんです。今夜は早く休んでください」

『分かりました分かりましたよ コンビニ寄って部屋帰るから。つか……雫さん、なんかオカンみたいだな』

わたし、オカンじゃありませんよ。
れっきとした彼女候補ですよ。

最近になってから知った彼の数々。例えば、愛猫にそれはもう引いてしまいそうなレベルでベタベタ構ってる姿とか、実は対局後に落ち込んでるところとか。変なクセや、だらしない一面とか。なんだかなって思うところだってあります。
でも あなたのことをもっと知りたいから、今はその発見が、なによりも嬉しいのです。


『じゃ、おやすみ…』

「あ、あの」

『ん?』

「早く帰ってきてくださいね。…龍雪さん」


『……え?いまなんて呼ん』

「おやすみなさい」

『ちょっ、もっかい呼…雫さんー!?』


プチッ、ツーッツーッ。

こっちだって防戦じゃいられない。たまには気を引かなくいけませんからね。

意外に駆け引き上手な彼女


もうすぐ、…ほら、着信です。

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