天気予報で雪マークはついてなかったのに、会館を出たら、いちめん真っ白な世界が広がっていました。
家も車も道も全て雪に包まれて、まるでクリームたっぷりのケーキの上を、ふたりで歩いているよう。さくさくという足音も吸い込まれて、しんと静かで。耳が痛いくらい冷えた空の下 しかし、スミスさんに握られた左の指先は、みるみるうちに熱をもっていくし、胸の内は発火しそう。
きっと、わたしの顔はひどい有り様でしょう。目は充血しているでしょうし、頬や鼻頭も変に赤いはず。スミスさんの横顔は、いつも通り そつがなくて、気づかれたら笑われてしまいそうです。
少しでも見られないように マフラーに鼻先まで埋めて、無言のまま 彼に手を引かれて帰る道。
「あのさ」
「はい」
「来週の週末、獅子王戦の副立会人で京都出張なんだけどさ。ウチのアパートで子猫の面倒みてくれる人探してて。頼めない?」
いっちゃんも横溝も、都合つかなくてさ
白い息を吐いて、スミスさんはわたしのほうに視線を向けました。
まっすぐこちらを、見てくれる。気兼ねなく相談してくれるのは嬉しいけれど、それは スミスさんのお部屋にお泊まりお留守番 ということでしょうか…
「あ えっと、下心があるわけじゃなくて」
と、彼は照れ混じりで笑いました。
「じゃあまた連絡する」
出来るだけ遅く歩いたつもりだったのに、とうとうアパートの前まで、ついてしまいました。
「スミスさん!わたし…」
手を離した彼に、わたしはまだ 思いを伝えてないとようやく気付いて。
「ずっと もう、わけわからなくなるくらい前からずっと、あなたが好きです。でも 今、わたしは中途半端で……三段リーグを抜けたら……ちゃんと同じ場所に立てるようになったら、あなたの大切なひとに、なりたいです」
「…負けました、って感じだな」
俺の中ではもう大切なんですけど?
スミスさんは投了の言葉を使って、ハハハとまた笑って、つむじの上に積もった雪をはらってくれました。大きくて手のひらと、長くしなやかな指で。
ああわたしやっぱり、この人が好きだなあ。
ずっとずっと心に閉じ込めていた思いを伝えられた、その実感はまだないけれど。夢ならさめないで。夢じゃなくても。さめないで。
白く、長く続く足跡。
神様、どうかこのままふたりきりにしてください。
ホワイトアウト
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