島田さんの言う通りだ 曖昧に濁すばかりでは何も成さない。ただでさえ三段リーグ終盤で精いっぱいの望月に余計な悩みを増やし続けるだけだ。

微妙な距離間を崩したらどうなっちまうかって、とどのつまりそれにビビってるだけとか、もうこんな情けない真似はやめよう。
ぜんぶ話そう。



今日は例会の日だったはず、と会館に足を踏み入れる。予定ならそろそろ終了の時刻だ フロアのエレベーター前で待てば会えるだろうと、ポケットに両手をつっこんで壁に凭れて待っていた。

「あれ?スミス?」

対局が終わって帰り支度をする棋士の中に、いっちゃんの姿を見つけた。オレを見るなり、「ちょうど良かった〜」と傍に寄ってくる。

「スミスに話があったんだ わかっちゃいると思うけど望月についてさ」

予想外。望月のことについて?この純情で色恋にからきし疎い松本一砂に勘づかれてるとは、思いもよらなかった。

「いっちゃん…気にしてたの?」

「もちろんさ!何せオレたち門下生の仲だし」

「そっか…それもそうだよな」

まぁ島田さんにも当たり前のように指摘されるし、同じ門下の親友にバレないわけもないか。

「いっちゃん 実は」

「やっぱりマズイと思うんだよね〜」

「!」

「はっきり言えないだろうけどさ、やっぱこのままってのはね」

「…」

「いっそスッパリとさ、離れられたほうが集中できるだろ?」

「…ああ。それはわかってるって」

心のどこかでは、いっちゃんなら理解してくれるかもと望んでいたのかもしれない。そうだ。マズイのも、自分が何をしようとしているかも重々承知の上だ。だけど男が決心したあとに逃げてどうすんだ。

「唐突かもしんないけどさ、いっちゃん」

「ん?」

「いっちゃんには言えてなかったけど…オレ、好きなんだよ」

「へ?」

「将来とかモラルを盾に、今まで充分言い訳してきたけど、いくら駄目だってふんぎりつけようとしてもできないし、もう言い訳もできなくなった」

「スミス…?」

「間違ってるかもしれないけどさ、それでもいいじゃんか。好きなんだよ!こっから先は俺 後悔しねえよ!」

常に飄々と、軽く。そんなポリシーはどこへやら、俺は自分がいる場所もお構いなしに、エレベーターを待つ棋士たちに注目されている最中で思わず大声を張り上げていたのだった。


「…スミスさん…」

静寂ののちの、か細い声。その声の持ち主こそ、意中の人物で。
唖然としている棋士たちに混じって、望月が立っていた。
聞かれてたか。

「…すみま、せん…立ち聞きしてしまって…」

ええい、こうなりゃ為るがままだ。

「望月――――」

「わかってます。…スミスさんは、一砂さんのことを誰よりもお慕いしてるん…ですよね」

「あ?」

今度は俺が素頓狂な声を漏らす番だった。

えっ何この状況。

「妹弟子として…心から祝福します。スミスさん、一砂さん、どうか末長く、お幸せに……っ!」

「ちょっま、望月っ!?」

泣き出し、走り去っていってしまった望月。これが漫画だったら、いま俺の顔の横にはポカーンなんて効果音が描かれるんだろうな。一体どうなっているのか周囲を見回すと、そこには頬を染め、もじもじと体をよじるいっちゃん。
…まさか。

「スミスっゴメン、その…突然言われても、オレ…!!スミスのことは長年いちばんの親友だと思ってきたから…っ、そんな風には…っ」

クソッなんて身の毛もよだつ光景だろうか まさかと思うけどいっちゃんまで勘違いしてない!?顔赤くすんのやめて、マジで!
ヒューヒュー 背後からは同僚からの野次が飛び交っている。なあここ本当に棋界の中心!?クールで孤高な棋士たちが闘志を燃やす戦場じゃなかったの!?

「いっちゃんソレ誤解!!詳しくは後で話すから!!」

悪いが今はいっちゃんの誤解を解いている暇はない。俺は望月を追って全力で駆け出した。


スミスの不思議なダンジョン



「おい!望月!」

タンタンタン。寒々しい非常階段に、二人分の足音が甲高く響く。

「待てって!…雫!」

驚くべき早さで駆け降りていた雫の足元がぐらつき、慌てて腕を掴んで引き寄せる。
目に大粒の涙が溢れていた。
俺の腕を振りほどいて 雫は両手で顔を覆い、背を向けて階段にしゃがみこむ。


「ごめんなさい …か、覚悟はできてたつもりだったんですが…」

「ストップ!それ何の覚悟!?」

「スミスさんに好きな人がいても受け入れようって…、例えそれが、一砂さんでも…」

「ちょっ、ユーめっちゃ勘違いしてるんですけど!!」

このばからしいほどのやりとりに、幸か不幸か、何かが吹っ切れる。あーあ、もーやめやめ。今まで何をぐるぐる悩んでたんだか。
俺は雫が座る階段のひとつ上の段に腰を下ろし、後ろから強く、彼女を抱き締めた。
もう、語り草になっちゃうような展開だな。

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