三段リーグも中盤を過ぎ、将棋会館ですれちがった望月は、目に見えて疲弊していた。
猛者たちと将来をかけて向き合う日々に、衰弱しない人間はいない。力の限りを尽くしても届かない奴の方が多いんだ 四段入りに何年も足止めを食らった俺には、痛い程わかる。

対局後、へなへなと萎れている望月に「ハラ減ってないか」と声をかけて連れ出した。

…しっかし、未成年の女の子を連れて飯って、店選びに迷うな。考えあぐねて、結局いきつけの店にきたが、ここでさえ、テーブルに縮こまる制服姿は眼を引いた。

「ねえあれ親子じゃないよな、もしかして…援交…ってやつ?」「まさか…出会い系…?」心なしか白い目を向けてくる。ちょっと聞こえてるんですけど。断じて援交なんかしてませんけど?

「島田先生…」

「あ、先生呼びじゃなくていいから。かえって不審だからね…」

「島田さん、もうわたし、生きていけません…!リーグ成績はボロボロで、新春対局もあんなバカな真似して、今度こそスミスさんに嫌われました!これから一体どうしたら!」

「んなことないから。な?落ち着けよ」

将棋にも恋にも、忙しい子だな。
将棋のほうは自分でカタつけてもらうにしても、せめて色恋沙汰の誤解だけでもなんとかフォローできないものか。結局のところ、スミスだって望月が気にかかってるわけだし。
だが外野が余計な口挟むもんじゃないし、モロにはバラせない。
悩んだ挙げ句、スミスの気持ちを勘づかせるのが最善と考え、俺は遠回しな策で打って出ることにした。

「俺さ、実は知ってるんだよ。スミスの好きなやつ」

すると望月はぴたりと泣きじゃくるのをやめて、両手で頭を抱えてぶんぶん首を振る。

「きっ、聞きたくないです!“あかりさん”とか“いちごさん”とか、名前を知ってしまったら最後、致命傷です!」

“あかりさん”?誰だろう そういうひとは聞いてないが。

「いや、その“あかりさん”ってヒトじゃあないらしいぞ。そいつはさ…スミスとよく一緒にいて同じ門下生で、研究会も一緒で」

「だからやめ……って、…え?同じ一門?」

お、反応が変わった。
なかなかいい調子だ。

「そ。スミスがよく世話焼いてるやつだよ」

「…そんな人います?ウチの門下はスミスさんより年上が多いし、男のひとばかりだし…それに小耳に挟んだ情報だと、いちごさんって」

「それはお前の勘違いだよ。スミス、2ヶ月前だかに捨て猫拾ったらしくてな。いちごはその猫の名前なんだと」

「猫…?」

「溺愛してるらしくてさ、それで最近帰りも早くなって、何かと浮き足立ってるんだよ」

「そ…そうだったんですか」

「で、話を戻すが……考えてもみろ。一門と研究会仲間で、スミスがよく行動を共にしてるのは誰だ?」

お前だよ とは、俺の口からは告げられない。
でもここまでくればもう分かるだろ?


しばらく沈黙を守る望月をよそに、俺はひとり熱燗を嗜む。じき注文も来て、お腹も膨れてあったまって、ひとまず今日のところは一件落着でこいつも帰れるだろう。
しかし、俺の詰めは甘かったのだった。


「……えっ うそ…そんな、まさか…」

「そうそう。……って、あれ?」

望月の顔が何故か真っ青に染まっていく。
あれ?

「……もしそうなら…性別を越えた究極の愛…だったんですね」

「は?」

「そっか…櫻井さんの虜になっちゃった一砂さんに陰ながら涙してたのも、そういうことだったんですね……全然気が付きませんでした…」

「…なんかとんでもない勘違いしてないか?」


「ありがとうございます 島田さん…私が傷つかないように、遠巻きに教えてくださって…」

「なあ望月、今多大なる誤解が生まれた気がするんだが――――――」


おまたせいたしました〜

再び説明しようとするも、俺と望月とは運ばれてきた温そばによって遮られてしまった。

「あ、すみません お料理追加でお願いします。えーっと、だし巻き卵に、季節の野菜たっぷりサラダと、鳥南蛮と湯豆腐…オススメのこの、せり鍋を」

しまった。望月が負けたり落ち込んだりしたときに発動されるというウワサの≪暴飲暴食≫か、これが!
もしかしなくても頓死か?
すまんスミス。釈明しようにも俺、もう胃腸が…限界。


島田開八段の胃痛が悪化



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