対局後にエレベーター前まで来ると、「お疲れさんです」スミスが俺に会釈しながらも、珍しくぼうっとしてた。
気にかかり、飯に誘う。
居酒屋に入って 俺が煙草を取り出しても、やはりあいつらしくないもので。
「一本もらっても?」
「ん スミスも吸ってたっけ?」
「はい。時々は」
珍しく二人して もくもくと煙を燻らせた。
「新春一門対局、会館でも話題になってたな。視聴率伸びた伸びたって会長が満足気だったよ」
「島田さんも見ました?」
「ああ。見たし、賭けの件も聞いたよ。望月もまた随分とぶっ飛んだことしたなぁ」
新年はじめの三が日。テレビ越しにちらっと目にした盤面に、これはすげえ気迫だな と、素直に感じた。
しばしの沈黙が訪れ、スミスの指先に収まった短い煙草が 残り僅かな煙を立ち上らせる。火が消えて屑が落ちた。
「あれ以来あんま話してないんすよね。三段リーグの折り返しっていうのもあるんですけど」
「もうそんな頃か。望月、何期目だっけ?」
「今年で四期目っすね」
短くなった煙草を携帯灰皿におしつけ 俺はもう一本新しいのに火をつけた。
四期目、つまりこの二年を“まだ”ととるか“もう”ととるかは難しい。
三段リーグ三十人超の猛者たちのなかで、四段に昇段できるのは上から二人目まで。悩ましいことに望月にとって二年目のリーグ戦は前期に続いて厳しい結果になってるらしい。今期の望月の成績は、現在下から数えて二番目だ。このところ著しく負けが混んできて、残りの対局を勝ち越せたとしても頷ける結果には程遠い。
坊が三段リーグで桐山に遅れをとった年、俺はなんて言葉をかけたんだっけか。もしも弟弟子じゃなくて妹弟子だったら、どんなふうに接したろうか。
フー。最後のひといきを深く吸い、煙を吐く。
空いた喉に熱燗を流し込んだ後になってようやっと、スミスが本音をもらした。
「俺、歳の差とか将棋とか、理由を逐一探さなきゃ遠ざけらんないくらいになってきました」と。
「新春の収録のときにあいつに聞かれたんすよ。対局勝ちたいか、自分に変わらず妹弟子でいてほしいか、って」
「望月も言うなあ。で?」
「も、わかりきってること みなまで言わせんなって感じですよ」
「なんだ スミスもやっぱそうだったか」
「そんなに分かりやすいっすかね」
「まあな というよりあれだ、棋士の恋愛関係にやたらしつこい人がいるだろ」
「雷堂さんすか?それとも神宮寺会長?」
「どっちも」
「うわ〜…」
「“相手が桐山なら口添えしてやらんこともない。二海堂なら泣いて送り出す。歳の差はあるが土橋なら万々歳。ハッチだったら全力で阻止する”って会長が笑ってたよ」
「土橋さんはアリなのか〜…相手が俺な場合は?」
「勝手にしろだとさ」
「勝手にって ひっでー。絶対嘘っすよ。手え出した瞬間に完膚なきまでに八つ裂きにされますって」
「すまんがその脳内イメージ バッチリ共有できる」
スナイパーと化した神宮寺会長とか。蜂谷とか蜂谷とか蜂谷はまあ、ネチネチくるよな。お前が死ぬまで毒針刺し飛ばして追いかけて来るよな。
「わかんないでもないがな。お前がいつまでも曖昧にかわすから、あっちだって頭悩ましてるんじゃないか?」
スミスは額にシワを寄せて、「俺が本音を言ったら向こうもなぁ」とため息をついた。
望月が真っ直ぐにスミスを見ていて、そしてその視線がいたずらにも交わらないだけで、スミスもまた同じように、望月を見てる。
スミス、こういうことは器用そうだと思ってたんだけど、違うんだな。ポーカーフェイスも裏ではたじたじか。あちらへひらり、こちらへひらりの風車、よっぽど長考してるってか。
島田さんとスミスと煙草
「…ん?そもそもスミスって、彼女いるんじゃなかったっけ?」
「いませんよ。今は」
「じゃあこの前のは?ほら獅子王戦ときの、オレと桐山が対局した夜。飯断ってたろ。あれ彼女じゃないのか?」
「あー、子猫っすよ。最近拾って飼い始めて」
「……猫?」
「実際飼ってみるとむちゃくちゃ可愛いもんですね〜猫って。もう目が離せないのなんのって……あれ?島田さん?どうかしました?」
「スミス お前勘違いされてるよ。桐山情報だと、望月はお前に新しい彼女ができて、しかも同棲してるって思い込んでるらしいぜ」
「ハァ!?」
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