とある秋の夜、上弦の月も沈む真夜中のこと。すきま風に頬を撫でられて、シカマルの眉がぴくりと動いた。
侵入者だ。
物音を立てずに窓を引き、完璧な忍び足を扱う犯人。しかし推測は容易い。
ノックもなしに猫のようにシカマルの部屋に滑り込む輩は、まずシズク以外に考えられない。
こんな時間になんだってんだ。
シカマルは狸寝入りを決め込む。近づいてくると思いきや、しかし予想に反し、侵入者の気配はなぜが遠退いていく。
数週間ぶりだと言うのにこの素っ気なさは何だよ。
僅か苛立ちながら、シカマルは片眼だけ開くことにした。
「何してんだ」
「うわあ!」
油断しきっていたシズクがびくりと身を固めた。
「夜這いか?」
「ちがうよ!これを置きにきたの!」
シズクが後ろ手に隠していたのは、表紙にケーキの絵が描かれたメッセージカードだった。
「シカマルの誕生日だし真っ先にお祝いしたかったんだけど、里外任務だったから用意できてなくて…とりあえずカードだけでもと思って」
日付は9月22日ジャスト。シズクの不法侵入はシカマルへのサプライズを計画してのことだったらしい。
「置いてどうすんだ」
「黙って立ち去る」
「お前はサンタか何かかよ」
てかプレゼント無しだし。
中忍ベスト姿のままのシズクを見て、シカマルは呆れかえった。良かれと思って深夜に男の部屋に踏み込むのもタチ悪ィ。
ここで説教のひとつでもと思った矢先のこと。
「――シカマル?」
廊下から物音がしたかと思えば、ドアを叩いてやおら人影が覗く。母 ヨシノだ。「寝てるの?シカマル?」物音を聞きつけたらしい。
こんな夜更けに二人でいるのを見られたら流石にマズイ。バレたら怒鳴られ、八つ裂きにされる。それもほぼ自分だけが一方的に。
シカマルはシズクの腕を掴み、布団の中へと引っ張り込んだ。
その拍子に彼女の手からカードが床板に落ちる。
(む、むぐ!)
(黙って息押し殺してろ!)
「話し声が聞こえると思ったんだけど…変ねえ」
これ幸いか、再び狸寝入りに徹するシカマルが 布団の中でシズクとぴったり身を寄せ合っていることにヨシノは気がついていない。
「また窓も開けっぱなしで…まったくもう…」
首を捻りつつ、欠伸をひとつ。寝惚けても文句が飛ぶあたりシカマルの母らしい。呆けながらも障子戸はしっかりと閉めて寝室に戻っていった。
「行ったか」
しばらく様子を窺い 暗い視野でシカマルが安堵のため息を小さく吐くと、「く 苦しい」苦し紛れにちいさな囁きが返ってきた。
よくよく考えればこの状況、寝間着越しに足を絡めて密着しているのだ。
あたたかい体温。柔らかい体の感触。
暗がりは衣擦れと息遣いがやたら扇情的で感覚が冴え渡る。自覚してしまえば体も素直に反応してしまって、かえってヤバい。
「っと、悪ィ」
「シカマル」
「今度はなんだ」
「誕生日プレゼント、何か欲しいもの ない?」
「あ?…特にねえけど」
「じゃあ何かして欲しいことは?」
シズクが期待の入り交じった眼で見上げてくる。ベッドの上でそんなこと問われては、やましいことしか思い付かない。
「別に誕生日祝いとかいいからよ。めんどくせーし」
「ええ〜!」
「おい、静かにしろよ」
「だってさ…流石に何かあるでしょ?何でもいいからさ」
何でもいいって、イヤ、だからよ。シカマルは頭を抱える。
古典的ギャグじゃあるまいし このまま好きにさせてくれとは言い難いが、すげえ卑猥だけど、それだって男と女の付き合い方のひとつだろ。
甲斐甲斐しい幼なじみも我慢の限界だし、誕生日くらい許されるんじゃねェか?
どうする。そもそも誕生日になんでオレは苦悩してんだ。
「ねえってば」
逡巡の後、理性は玉砕。狭いシーツの上にシズクを組み敷いた。
「え、ええっ!」
「何でもって言っただろ?」
「拡大解釈しすぎ!」
「暴れっとまた聞こえんぞ」
「…っ」
有無を言わせず抱き寄せて、息つく暇もなく唇を貪る。口内でせわしなく絡み合う舌の感触で気持ちは高ぶるばかりだ。
シズクの肩から胸へ手を伸ばしてみる。
ぴくりと仰け反る背中に助長され、長い指でやわやわと膨らみを揉み、寝間着の下の突起を探り出しては刺激する。
もう片方の手を太ももの内側に伝わせながら。
「んん…あっ」
唇を噛み締めて声を我慢するシズクに、今日はいっそう加虐心をそそられた。
「なあ…何でもって言われてこうなって、オレがどこまですると思う?」
熱い息で耳を擽り 聞こえるか聞こえるかくらいで耳打ちすれば、シズクが顔を真っ赤にして忌々しげに睨んでくる。
想像は容易いはずだ。
拡大解釈はどっちだよ。
「シカマル、き、今日はいつにも増して意地悪い」
「言ってみろよ…おっと、」
シカマルは気紛れにシズクの胸から手を退ける。
「お前がなんも想定しなかったってんなら、やめとくけどよ」
しっとりと汗ばむ肌は素直だった。自分から要求しないことには解消されないと、シズクも悟ったらしい。
困らせて厭らしく高ぶらせる、手口のあざとさはシカマルとて自覚していた。
自分の下で彼女が恥じらう、それだけのことで欲情すんだから、男ってほんとに単純に出来てるよな。
ホラ、早く降参しろよ。
あくまでシカマルの想定では、降参した彼女の口から戸惑いがちにおねだりが聞けるはずであった。しかし女とは理解不能の生き物。
「いけません!」
うまく丸めこめるかに思えた矢先、シズクは身を委ねるどころか、急に大声を張り上げてシカマルを蹴り倒す。
そのままベッドに背をついた相手に馬乗りになり、形勢は一気に逆転した。
「今日はシカマルの誕生日なんだから、その手には乗らない!」
とか言いつつシズクの手はシカマルのシャツを捲りあげてくる。やや薄い、しかし存外引き締まっている体が冷えた外気にさらされた。
「は?」
何だこの展開は。サプライズか。今日はいいようにさせてくれんじゃなかったのか。
そういうのも悪くないが、乗り気だったところでこのまま彼女に主導権を握られてコトが運ぶのは不本意だ。
「ちょ、ちょい待ち」
「大丈夫!私だって男の人を満足させるくらいの手練手管は持ち合わせてます!」
「何が大丈夫なんだよ!つーか手練手管なんてどこで、」
シズクは聞く耳も持たずに両手でシカマルのズボンに手をかけ初めている。
シカマルがやや上擦った声で非難を唱えた、そのときだった。
「…もしもし?」
ベッド上の二人の揉み合いがはたと止まる。
視線は声の方向――ドア付近へと移る。そこには、暗闇でおぞましく浮かび上がる、ヨシノの険しい形相があった。
「こんな夜更けに…あんたたち、何してんの」
ベッドに押し倒されている息子と、息子を脱がそうとしている恋人を眺めるその顔は まさしく般若そのもの。
「に…忍者組み手の演習です…」
この母相手に完全降伏しても無事では済まない。
なす術もない二人は口を揃えてせめてもの悪あがきに挑んだのだった。
降伏せよ!
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シュウカ様リクエスト、【プラチナ番外編で、シカマルとたまにはイチャイチャするお話】でした。
シュウカ様、リクエストいただき 誠にありがとうございました。