この星のピンチを救ったんだから多少の休みが与えられてもいいだろ この密やかな期待が叶えられたのは半年以上も後のこと。
手渡された休暇は、非番という名の、ふたりぶんの切符だった。


*

おろしたての車両を見物する客は波のようにプラットホームに押し寄せる。
色とりどりの人垣にまじって、シズクの帽子がどこ吹く風で浮きかけた。飛ばされねーようにオレがそれを軽くおさえてやる。本人は素知らぬ顔、ガキみてェに目を丸くして列車を追っていた。

「すっごーい!」

この夏に完成したばかりの、ぐるりと火の国を一周する鉄道。
“周遊の旅へ行っておいで”とか送り出しておいて、これは詰まるところ視察じゃねェか。全く六代目火影は抜かりねえ。

「次のに乗ってくか」

「うん!」

でもまあ任務じゃねェ分、今日の荷物の中身は 好きな具のおむすびに着替え、それとカメラだけ。列車の扉が開いたひょいと乗りこんじまえる身軽さだ。

「見て見て、向かい掛けのソファーがたくさん並んでる!」


はじめて乗り込んだ車両、シズクはすっかり夢中で、窓際の座席で落ち着きなく立ったり座ったりを繰り返してる。
流石のオレも感心して、意外と広い車内を見渡した。すげー動力だ。船より安定感があるのも良い。

「お二人さん、列車は初めてかね?」

近くに座っていたじいさんと目が合った。はい、と頷く。

「しばらく乗ってると途中から海辺を走るんじゃよ。きれいな砂浜もある。時間があったら降りてみるといい」

「海か…」

「これから彼女と旅行かね?」訊かれて、なんとなく照れくささが増したが、自分でも意外なほど素直に言葉が出てきた。「新婚旅行なんスよ」と。


そのじいさんはしばらく先の駅で降りた。
列車は南を目指す。窓越しの景色、細々した街並みが一面の緑に移ろう頃には乗り合わせた客も疎らになり、シズクも一通り満足したらしく オレの隣で腰を落ち着けた。

「さっき聞いたんだけどよ、この列車、ゆくゆくは他国に繋ぐ計画もあるらしいぜ」

「他国かぁ…。シカマルはどこか行きたいとこある?」

「パッと思いつかねーな…お前は?」

「えっとね、風の国の砂丘でしょ、春の国の桜の名所に、湯の国の大露天風呂!」

「確かに温泉は良い気がすんな…」

窓際の座席は里の特等席に似てる。ひがな1日ボケーっと雲を眺めてんのと変わんねえな。
特等席、ときどき温泉、また特等席の旅。贅沢だ。
規則的な揺れのせいか、窓越しの陽向のせいか、睡魔は穏やかにおそってくる。

「シカマル 今さ、木ノ葉にも列車を走らせようって考えてるでしょう」

図星だった。

「…なんで判った?」

「さっきからずっと嬉しそうに空ばっかり見てるもの」


点と点を結ぶ線路なら、忍の隠れ里も首都も異国も分け隔てなく繋げられる。情報の伝達に人や物資の運送。文化の流通。
慌ただしく駆け回る夜も少なくなって、そのかわりどこまでも揺られてあてもなく降りて、こんなふうに浮雲みてえな日々を 忍たちだって過ごせるようにかもしれねえ。
ただ、今日行きてェとこだけは さっき決まった。

「悪くねェだろ?」

「うん。楽しい」

肩に頭を凭れてくるシズクの寝息につられて、オレも目を閉じた。




潮騒をたよりに辿り着いた砂浜は、じいさんの言ってた通り、まっさらの波打ち際に足跡をつけんのが勿体ねェ位の穴場だった。


潮風は甘く、シズクの白いワンピースの裾を膨らませる。
ほっといたら海岸線の果てまで駆けていっちまいそうで、オレは二人分のサンダルを片手に下げ、もう片方の手でシズクの手を取った。
なめらかに寄せる引き潮に素足が埋もれるたび、こそばゆい。
その冷ややかさで秋を知る。
波はシルク。粒は光る。
まるで映画のワンシーンだ。
こいつが好きな忍者アクションものじゃなくて、恋愛映画。お決まりのパターンで物語が終わるやつ。


「月イチでここに来たいな」


「頻繁にゃ来れねえよ。メールばっかし応対してたらそれこそ休暇になんねェしよ…めんどくせー」

「めえる?」

「言ってなかったか?五大国で試運転中の連絡手段だよ。どこにいても一瞬で送れる手紙みてェなもんだ」

「すごい!私もめえる、試してみたい。今度二人で試そうよ」


「何言ってんだ。隣同士で―――」

いつも隣に居といてわざわざメールを使うバカがいるかよ。
言いかけて やめた。
これまんまノロケじゃねえか。

言えるか、んなこと…いや、待てよ。


「女の子なら誰だって、好きとか愛してるとか、直接言って欲しいものなのよ!」

いつだったか、いのが言ってた愚痴がざくざくと刺さってくる。
プロポーズだってなあなあで済ませたオレだぜ。敵を欺くのは得意でも、同じ口で、黄金色の海を背景に、映画みてえな台詞で女を口説く芸当は持ち合わせてねェよ。
好きだと本人に告げたのは成り行き的に一度だけ、それも説得のため怒鳴り合いの末だ。ついで、無限月読のあの告白はカウントされねーし。

そばにいろとか、
離さねェとか、
背負ってやるとか。
思い返せば顔から火ィふくような恥ずかしい台詞は散々言っておいて、肝心の言葉を告げてねえのもどうかと思うがよ。
無理に言わなくて通じる間柄だから楽なのもあるし、ここまで一緒にいるわけだが。ただ、それはそれで男が廃る気がすんな。

もし言うんならこの場で、雰囲気任せに今日しかねえ。


「…あのよ、シズク」

シズクがオレの顔を見上げ、視線が交錯する。

「なあに?」

余計言いづらい。

「イヤ…なんでもねえ」

繋いだ手を離し、右手で首もとを弄りつつ、曖昧に濁しちまう。男ってのは不器用なもんだ。
シズクはというと 何やらおかしそうにふっと笑い出した。


「シカマル、キスしていい?」


唐突だった。

長い髪を抑えもせずに風にあそばせながら、爪先だちでシズクが顔を寄せてきて。腕が回されて。答えも聞かずに掠め取るように奪われた。
瞬きしたあとにはもう離れてて、口元に柔らかい感触だけが少し生々しく残ってた。

旅先でずいぶん大胆になってんのは向こうも同じらしい。


「お前 こんなとこで、」

「誰もいないよ。ね、もう一回いい?今度はちゃんとしたキス」

「バカ」

調子良いこと言って、いつもより嬉しそうに笑ってやがる。

「あっはは。シカマルのバカは、何回聞いてもいいなあ」

「そうか…?」

「うん。なんか嬉しくなるんだよね。愛情表現の代わりみたいでさ」


好きだとか、愛してるにしか聞こえねえってのか?お前、だから何で判んだよ。
この超バカが。

どこまでもまっすぐな水平線に、黄金色の夕日が沈む海。
こういうときは記念写真の一つでも取るんだろうが、そんなことは思いつきもしなかった。サンダルも邪魔。カメラが鞄に入ってんのすら忘れて、オレはシズクの腰を引き寄せる。

世界一広いの砂丘でも桜山でも、大露天風呂でも、一面の星空でも。海でも。行きてえとこは今から全部連れてってやる。いずれ木ノ葉に繋ぐためのいい下見になるし、道順考えるだけでいいんなら楽なもんだ。

薄いワンピース越し、柔肌に指を這わせるように、強く抱き締めた。言えねえ代わりに、行動で示してやる。生意気も挙げ足取りもできなくしてやるからよ、バカヤローが。

浮雲のロードムービー


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リオナ様リクエスト、【連載番外編、シカマルと夢主が旅行に行くお話】でした。
リオナ様、リクエスト頂き 誠にありがとうございました。



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