もくもくとした入道雲もいい。しかし今日のような 晩秋のありふれたのどかな空がなんだかんだで落ち着くと、シカマルは視線を数秒だけ見上げた。

季節が駆け足 よーいはじめ。


散々渋られていた就任式は、いざ当日の朝になってみたら穏やかな秋空が広がった。里の民は皆口を揃えて言う。

“六代目は晴れ男かね?”



〈シカマル!そろそろ大通りに曲がるってばよ〉

大名護衛隊のとある声が 耳元の無線を鳴らした。

シカマルの本日の仕事は、就任式総括指揮というこれまた面倒な任務だ。終戦から季節が一巡して ようやくカカシが就任式を承諾。自国の大名をはじめ 連合を結んだ五大国の影 小国の里長たちがこぞって祝いに駆け付けて、式典はこれまでと比べ物にならない規模になる。
青空。ぽかぽかの日射し。
くす玉が開かれて鮮やかな紙吹雪が舞う。
出発に相応しい日和である。
祝宴は慎重かつ盛大に 滞りなく果せる必要があるだろう。


「了解」

大名は広場手前まで誘導OK。
シカマルの立つ火影邸屋上の眺望ならば直に見えてくるだろう。土影 雷影 水影と来て 正面大通りを風影・我愛羅が砂忍を従えて道中を悠然と進む。
我愛羅の後方には、同盟を組んだ雨隠れの里長が。
シュノーケルなしの見慣れぬ正装に身を包んだ里長の周囲を、同じように里の忍が護衛する。
その中に一人だけ紛れた緑の忍者ベストを見つけて、シカマルの視線がそこに集中した。

「!」

驚くのも無理はない。ちょうど一年前に長期任務のため雨隠れの里へ赴いた月浦シズクが、精悍な顔つきで参列しているのだから。
任務中間報告の折に一時帰還すると先日文を受け取ったが、就任式に合わせての帰郷とまでは聞いていない。


「…あのバカ、参列しに帰るんならそう連絡しろっての」


注がれた視線に気がついたか、或いは偶然か、定かではない。シカマルの呟いた悪態が届いたわけでもないだろう。
しかし 奇跡的なタイミングで、シズクは頭上を仰いだ。


結ばれる点と点。
シズクはシカマルを捉えて一瞬だけふと微笑み、正面に向き直った。

女だてらに義気凛然な様子が何よりも雄弁に帰還理由を物語る。気付けばシカマルは後方にて待機中のカカシに声をかけていた。


「六代目様、雨隠れの行列にシズクが紛れてるんスけど」

「えっ!?」

イチャイチャタクティクスの上から顔を覗かせたカカシ。見開かれた半月瞼から察するに やはりサプライズな帰還らしい。


“カカシ先生のハレの日に 私が来ないわけないでしょ”



あいつ相変わらず元気そうだな 内心安堵しながら、シカマルも任務に戻った。









里中から集まった群衆で 広場から小道まで隙間なく声という声で埋まっていた。近くの建物で ベランダに出た住民が額宛てを掲げる。木ノ葉マークを刻む鉄鋼は きらきら眩しく光る。
待ちきれないという合図。

背中の六代目の文字を風に揺しながら眼下の仲間たちに姿を見せると、新しい火影は割れんばかり歓声に迎えられた。


「それじゃサイ、リー、護衛頼んだぜ」

「ラジャ!」

「お疲れ様 シカマル」

横目で見ながら、シカマルは邸宅の裏階段で屋上をあとにする。
ここからは祝辞のオンパレードとその後の立食パーティーの手配で地上の進行関係が忙しくなるのだ。

鉄の階段を降りていくと カン カン カン、反対に上へと昇ってくる音がある。

シカマルはそのまま数歩降り、足音の持ち主に対面した。
忍の癖に音を立てて昇ってくるのはどうやらわざとだったらしい。


「…ここから先はご遠慮願います」


シカマルは同じく わざと勿体ぶった物言いで勧告した。突然帰ってきた人間に 素直にお帰りと言うのが気に食わなかったのだ。


「イズモさんとコテツさんは快く通してくださいましたよ」


相手も茶番に付き合うつもりである。

「賓客側に易々と侵入されちゃ困るんだよ」

「同じ木ノ葉の忍なのに困るの?」


「今行ったって六代目にゃ当分話し掛けられねーよ」

「いいの」

シズクがきっぱり言った。


「用があるのはシカマルだから」


また身長が伸びたシカマルと 以前からさほど変わらぬシズクとでは 頭ひとつ以上違う。さらにここは階段、身長差は一段と広がった。
一年振りの再会に 自制心を総動員で押し留める。


「…任務中だ。お前もそっちの護衛に戻れよ」

「判ってる。でも突然十分間休憩しろって言われたの。ね!お願い、三十秒だけ」

「全然判ってねェじゃねーか」


「じゃあ二十秒!」


シカマルどうせ 忙しくて遅くまで捕まらないでしょ。
必死に食い下がるシズク 彼女にもし犬の尻尾がついていたら、ぶんぶん左右に振られているのだろう。
対称的に シカマルは好きな女の子には素直になれない。

無論、今は大切な任務中であり、ちょっとでも気を抜くと止まらなくなることが明白だから遠慮したい。



「…十秒だけな」



断固として拒否する心持ちであったのに、シカマルの口からは無意識に違う言葉が溢れていた。

シズクが満面の笑みで腕を広げ、シカマルにぎゅうと抱きつくと 意外にも力いっぱいの抱擁に迎えられる。
任務中で あまつさえ式典で その上屋外だというのに、シカマルが拒まないことが何より嬉しくて、シズクは恋人を抱き締め返した。
誰かに見られてるかもしれない。いや、せっかくの御披露目の最中にわざわざ裏に居る者もいないだろう。
表の歓喜の声が鳴りやまないうちは、こうしていてもいいだろうか―――等々の余計な思考を全部吹き飛ばすように、シズクは恋人をいっそう強く抱き締めた。
十秒はとうに過ぎていた。




十秒逢瀬



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奏様リクエスト【シカマルで ナルト連載番外編】でした。
奏様、リクエスト頂き 誠にありがとうございました!



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