昔聞いた心理テストを ふいに思い出した。

“あなたは長く暗く狭いトンネルをひた走っています。段々と 目の前に光が見えてきました。ようやく出口に辿り着いたとき あなたはなんと言いましたか?”

オレは これから生まれてくる子にいつの日か聞いてみてェと思ってる。





「ちょっとは落ち着きなよ。まだまだかかるんだから」

冷静にゃ程遠いと自覚してるけどよ カカシさんだって連絡受けて羽織も脱がずにすっ飛んで来たんだろ。お互い様じゃねェか。
奥の襖から苦しそうな声が聞こえる度、和室を右往左往しちまう。かといって座っていても 指は自然とくるくると回り出すし、貧乏揺すりは止まらねェ。本当にこの場では男ってとんと役に立たねェんだな。

なっさけねー。あいつはもう母親として今必死こいて踏ん張ってるってのによ。

「父親ってのはこういうとき一体何が出来るんスかね」

「なったことないオレに聞かれてもねえ」

「それもそうなんスけど」

「父親ってさ、思い浮かべるといっつも背中なんだよね どーも」

確かにそうだった。オレも物心ついた頃にはオヤジの背中を目で追ってた。
寡黙で不粋で 悲しみの淵に沈む日も、傷をさするようにいつも近くにあった。オレの背丈が近づいてもあの背中は一向にでかかった。見えてねェ正面の顔はもしかしたら汗だくだったかもしれねーが。
“こういうときは冷静に、クールにだな…”今のオレを見たらオヤジはそう言うだろうな。






「具合どうだ?」

聞けば

「股が裂けそう」

シズクは笑った。


男の子でも女の子でもどちらでもいいように 名前ならそれぞれ二百通り以上考えてあった。だからどちらでも 元気に生まれてきてくれりゃそれでいい。それだけで良かった。

「おぎゃあ おぎゃあ!」


元気よく泣くからたぶん母親似なんだろうな。

まだ目は開かねェけど、頬を伝う涙はきらきらと眩しい。
こんなに小さくて大丈夫なのか。首も据わってねーしちょっとでも触れたら折れちまうんじゃねェか。心配事は全部 腕に抱いたらそのぬくもりで吹き飛んだ。

口元は自然とにやけちまうのに、ただ胸がつまって 目から涙が止まらなくなる。



「…シカマルの男泣き みーちゃった」


「るせぇ。お前だってコイツだって泣いてんじゃねーか」


忍だって涙流すんだ。父親だって嬉し泣き位してもいいだろーがよ。



*

ほんの数十センチだった赤ん坊はまるで筍のようにぐんぐん伸びて大きくなり、見るたびに目まぐるしく変わっていった。

「ただいまぁ!」

モミジが元気良く家の戸を開けて、足早に居間へと駆けていく。
その後ろからゆっくりついていくと、“母ちゃん”が待ち構えていた。

「お帰りなさい」

すっかり“母ちゃん”が板についたシズクは、丁度シカダイにお乳を与えている最中だった。

長女のモミジは世話が焼けて、こと夜泣きには毎晩のように苦労した。
一方シカダイは全く手間がかからねェ。泣くのすら気だりぃのか、どこか達観した様子の赤ん坊らしからぬ赤ん坊だ。
「けほっけほ」「っと むせちゃった」非常に楽だが こいつはこいつで調子が狂う。

他方 今日一日長女の相手を勤めあげたオレはどっかり腰を下ろす。“ばあちゃん”にランクアップした母ちゃんもキッチンから顔を覗かせた。

「お帰り。早かったのねえ」

「父ちゃんの職場見学はどうだった?モミジ」

「たのしかった!ね、これ見てっ。じゃーん!」


モミジは後ろ手に隠しておいた額宛てを、嬉しそうに母に見せた。
勿論本物じゃねェ。教育普及の一環で、最近関所でこどもたちに配り始めたオモチャだ。娘にどうしても行ってみたいとせがまれて、めんどくせーけどオレは 関所に休日出勤をしたのだった。

「額宛て貰ったの?良かったわね」

「つけてつけて!」

手が離せないシズクの代わりに ばあちゃんがそれを結んでやる。小さなおでこに合わせて作られた、薄くて軽いプラスチック製。印字の木ノ葉マーク。それでも身に付けたモミジはたいそう誇らしげな様子だった。

「似合うわ」

「えへへ」

「よーし、モミジ隊員に初任務を命じます!」

「ハイッ!」

「玄関の靴そろえチェックをお願いできますかな?」

シズクは落ち着きのなくなった長女に向けて改まった声で言う。乗せ上手だ。案の定モミジはキリリと眉を釣り上げて「ラジャー!」あっという間に玄関に走っていっちまった。

「もう連れてかねーからな」

「何かあったの?」

「子煩悩って散々からかわれた。終いにゃナルトが子連れ参謀だとか言い出すしよ」

「あっはは!」

笑い事じゃねェよ。その気恥ずかしい通り名がふれ回るのは御免だ。

「この際待機所には本格的に託児スペースを導入して、あいつら全員子連れ忍者にしてやる」

「ベビーブームだしみんな喜ぶかもね」

そこへ “初任務”を終えたモミジが戻ってきた。

「母ちゃんたいちょう!にんむ すいこーです!」

「よくできました」

「父ちゃんのくつだけ曲がってた」

きた。お決まりの告げ口だ。

「モミジ、任務じゃ逐一報告はしないもんなんだぜ」

こどもは男でも女でもいいと思ってたが、しかしいざ性別による性格の差異が出始めると難儀する。今まで2対1だったウチでの多数決が3対1に変わり、オレの立場はますます弱くなったのがいい例だった。

「しっかりしないとシカマル」

「しっかりしないと、シカマル〜」

「まったく男はダメね」

「ったくめんどくせー…」

女ってのはたとえ何歳でも口うるせェ生き物でめんどくせー。
お前は違うだろ、と 母乳を飲み終えたシカダイの顔を覗き込む。お前が早いとこでかくなんねーと、オレはいつまでも3対1の劣勢なんだぜ。女相手にゃ勝てねェが、せめて3対2にはしてぇ。

やるせなさからの期待を察知したのか、シカダイが小さな目でじっとオレを見つめ返す。また少しでかくなった気がした。

お前たちはいつも新しい。

お前はオレの背中よく見て、女の尻に敷かれねェように今のうちから学んどけよ。
いつか追い越されるまでは オレは前を歩いとくからよ。

背中



「めどくちぇ」

「!?」

「シカダイ 今喋った!?」

“あなたは長く暗く狭いトンネルをひた走っています。段々と 目の前に光が見えてきました。ようやく出口に辿り着いたとき あなたはなんと言いましたか?――それが、あなたが生まれてまず最初に思ったことです”

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ザック様リクエスト【シカマルで 連載番外編 未来の主人公の出産や子育てのお話】でした。

ザック様、リクエスト頂き 誠にありがとうございました!



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