朝 エプロンの紐を結んで目玉焼きを作るオレの嫁さんは、昼には病院や里内を駆け回り白衣の裾を翻す。
時に 部下を従え鎖帷子で任務に向かう表情も、一流の忍のそれ。
だが夜になって、自宅でオレを出迎える笑顔は 一転して天真爛漫になる。
まさに七変化だ。

オレたち夫婦は忍。里のため アイツ自身の夢のためにも 忍登録証を月浦シズクから奈良シズクに変更して継続することにオレも頷いた。
夢とか幸せとか オレはそれなりでいい。何事もなく普通に暮らせりゃよくて、仕事して家に帰れば家族が待ってる そういうのが一番だ。ただしその理念が夫婦間で必ずしも完全に一致するわけじゃねェからな。
あいつは貞淑に家で帰りを待つ妻じゃねェが、それでいい。



「とか言って、内心不満なんだろシカマルよォ!」


「つべこべ言わずに早く任務に行けよキバ」

オレが不満なのは “皆 さ ん ガ ン バ”というここの暢気な垂れ幕と、任務受け渡しの席で大声を出すお前だよ。
ったく眉間にまた皺が増えちまう。


「何だよ!出発まで時間あっからノロケでも聞いてやろーと思ったのに」

「物好きはやめておいた方が身のためだ。何故なら、ノロケを聞いてしまえば 独身かつ恋人のいないオレたちは惨めな思いをするだけだからだ」

「お前は一言多いんだよシノ!」

「あ、あんまり詮索しないほうがいいんじゃないかな。プライベートな問題だし…」

「ヒナタ 顔にやけてんぞ!どーせナルトのことでも考えてんだろ!」

図星だったのか 頬を赤らめたヒナタ。


そこへ、医療班の白衣を纏ったシズクが現れた。

「シズクちゃん」

「噂をすれば影というものだな」

「おっ!御両人お揃いで」


「?なあに みんなして」

なぜ自分に注目が集まっているのか判らず頭に疑問符を浮かべつつ、シズクはオレの前に差し出した。医療班の新編成リストだ。ざっと目を通して確認し、カカシさんに流してサインを貰う。

「ん」受領済のそれを返すと、

「あと はい」シズクが今後は弁当箱を差し出したので 包みを受け取る。

「おう」

シズクは足早に去っていった。


「つまんねェなー」

オレたちの言葉少ななやり取りをまじまじと凝視していたキバが 何故か不平を漏らす。

「ひやかそうにも…お前ら冷めてんなァ。“任務お疲れ”とか“頑張ってね”とか“今日の晩ご飯何?”とか なんかねーのか?」


「うるせェな」

キバは赤丸を引き連れて退屈そうな顔で降りていく。一方でヒナタは微笑ましげな様子だが、シノに至っては表情も判らん。
冷めてて悪かったな。ほっといてくれ。


「オレたち 冷めてんスかね」

第八班が任務に出た後、オレはカカシさんに意見を求めた。

「いや お前たちの場合は冷めてるっていうか、むしろ――」




*


「熟年夫婦?」

珍しく早上がりになり、カカシさんの回答を話して聞かせると、縁側で洗濯物を畳みながらシズクはひとしきり笑った。

「いいじゃない。私 その方がいいな」

オレも同意見。何も言わずに事が運ぶんなら これほど気楽な関係もねェだろう。

「でもまあ ここは新婚さんらしくしますか」

シズクは洗濯物を畳み終え 空席になった自分の膝をはポンポンと軽く叩いた。ンな庭の野良猫を手招きするような仕草で呼ぶなよ。



「あったけェ」

存外柔らかい感触に目を瞑ると、シズクの匂いが薄らいでいることを知る。
同じ家に住み、同じ洗剤で洗った服来て 同じもので体洗ってんだし、段々 似てきてんだな。

アングルが変わり、庭の木も 空も、いつもより大きく広がる。この時間になってもまだ空は明るく、ぽかぽかとしていて 忙しい毎日でカレンダーを捲るのも忘れていた。
気付けは春はすぐそこに来ていた。


「梅は見頃を過ぎちゃったね」

「もうじき桜だな」

冬の背中を名残惜しむ声が上から降ってくる。梅は 春の雨風がさあっとどこかに持っていっちまったらしい。

「お花見行こうね」

「めんどくせー」

「行こうよ。新しく出来た向こうの公園でもいいから」

「ここでいいだろ」

「相変わらず出不精なんだから」

公園もいいが 外じゃお前の膝を枕に花見は見れねェし。とか余計なことは間違っても口に出して言わねェよう気をつけた。

冬が終われば春が来る。

どうせ何もしなくてもまた夏や秋や冬が自然と巡ってくるわけだ。オレたちはオレたちらしく暮らして のんびり季節を重ねりゃいい。そしたらいつの間にかシワシワのジジイとババアにでもなって 相も変わらずここでこうしてるはずだ。
まあそれと別に、お前は次の春には新妻から鬼嫁になってるか もしくは母親に 新たに七変化してっかもしんねェけどな。





≪ねえ シカマル!≫

うとうとと眠気が充ち渡っていく最中に、頭には別の声が降りてくる。

≪チョウジが焼肉Q行きたいって言ってるんだけど今から行かない?勿論シズクも一緒に!≫


おいおい この心転身は職権濫用じゃねェのか。

≪この方が早いでしょー?≫

悪ィけどオレ パスで。

≪久しぶりに誘ってんのに…アンタ前にも増して付き合い悪くなったわね≫

こちとら新婚だ 察してくれよ。脳内で呟くと、いのは呆れて通信を断ったらしく やかましい声は聞こえなくなった。


「シカマル、寝ちゃったの?」


「いや 寝てねェよ…そういや 今日の晩飯は?」

「カレー」

そんなら 夕飯まで一眠りすっか。


そうして次の春


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りん様リクエスト【シカマルで 連載番外編 結婚後のラブラブな二人】でした。
りん様、リクエスト頂き 誠にありがとうございました!



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