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パンクハザードから離れて ここはグランドライン指折りの温泉地 セカン島。真っ昼間に酒屋の戸を開けるのは、大概は浮浪者かゴロツキ海賊か、どちらにせよまっとうに働く堅気の人間じゃないのは確かだろう。今のクザンのように。

クザンは湯治を満喫した帰り ふらっと酒屋に入った。
カウンターにひとり身を沈め、メニューボードを。世間様で自分がどんな噂をされているかはどうでもよかった。脱隊したあぶれ者でも、時々は酒を楽しみたい。とっておきのシェリー酒が良い。



「この店、寒いわ」

開口一番に悪態をついて現れた客を、クザンはサングラス越しに横目で見やった。
タンクトップにホットパンツ、ラフな格好をした女。クザン好みの悩殺スーパーボインだ。惜しげもなくさらされている足も美しい。
けれど、騙されてはいけない。彼女がクザンの隣の席に座ったのだって、適当に飲んでたかって勘定をこちらに上乗せする算段なのだろう。丁重に詫びを入れなければ。

「あー 悪いなネェちゃん。奢ってあげてェのは山々だが おれァこの一杯分しか持ち合わせがねェんだ」

「大丈夫よ。その格好を見れば判るわ」

それもそうか。
曇ったサングラスに着古した上着、伸びきった長髪じゃあ女は寄り付かない。おまけにコートの下には火傷の痕が隠れ、左足には氷の義足ときてる。訳ありもいいとこだ。
でもこの威勢のいいお嬢さんなら、“氷の義足?まるで童話みたいだわ”…そんなふうに目を輝かせて笑うかもしれない。

「奢る代わりに ねぇ 暇なら話を聞いて頂戴よ、おじさん。わたし、男に騙されたの」

「あらら」

「その男ったら わたしを自由にしてくれるって約束したのにバックレたのよ。仕事は丸投げ。今どこの組織と手を組んでるのか、それすら知らない」

「そいつァひでェ男だ」

「まあね。でもいいのよ。最初からいい加減な上司だったもの。私も大人だし、自分の自由は自由で掴むわ。まずは海軍抜けのお尋ね者からスタートってとこね」

「…」

「ただね、約束がおじゃんになったのは良くないわ。自転車の後ろにも乗せてくれるっていう約束、それもパアよ。楽しみにしてたのに」

そう呟きながらフィオは 意味ありげにクザンに目配せした。

「詫びるなら今からだってかまわないけど?クザン」

「あー…すまねェな。青チャリは乗り換るところなのよ。キャメルに」

「キャメル?それってどこのメーカー?」

「超ペンギンだ」

「超ペンギン」

フィオは鸚鵡返しで呟き、しばらくして、好奇心に負けたように瞳を弓なりにした。

「それ、自転車の後ろよりも楽しそうね」



クザンはいまや何者ともつかない浮浪者であるし、海軍を辞めて逃げてきたフィオも一概に自由の旅人とは言えないご身分である。ただし以前に比べ お互いにとって有益な変化は何だったかといえば 上司と部下の関係ではなくなったことだろうか。


「今更だが…今夜ヒマ?」


クザンが訊ねると、彼女がやはり笑う。
かわいい顔してゴスリングのカクテルをあおるくらいだ、間違っても物語のお姫様ではないだろう。
頬に落とされたキスはシェリー酒の香りがした。

END

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