▼Den lille Havfrue 2

トンテンカン、トンテンカン

ここは海軍本部 マリンフォード。
頂上戦争後、慌ただしく進められていた本部の修復工事も終わりにさしかかり、粛々とした空気に響く金槌の音も少なくなった。
皆が自分の任務地に戻ったというのに、青キジの部下であるフィオときたら、今日も今日とて上司の自転車を漕いで遊んでいる。凸凹になってしまったマリンフォードで わずかに残った平らな地面を選んび、小さな円を描いて回り続けているのだ。
堂々あっぱれとしたサボり。ただし部下を叱咤するほど 上司のクザンもまた真面目な大将ではない。

「よォ サボりのフィオちゃん。ちょっとおれの青チャリ返してくれるか」

「ええどうぞ」

類を見ない従順さ。フィオは自転車を本来の持ち主に手渡すと、代わりにと これまた彼が愛用しているアイマスクをかっさらった。クザンが腰を屈めていたことを勘定にいれたとしても、簡単なことではないだろう。
くすねたアイマスクを装着し、彼女が近くの壁に凭れる。

「フィオ、悪ィがちょっとの間 留守にする」

「どちらへ?」

「どこへって、あ〜……忘れた。おれァ一体どの島に行くんだ?」

「こんなときに冗談はよして」

「まァ あれだ、決闘だよ。仁義なき戦い」

「あなたが自ら出向くなんて珍しい。よほどの女を賭けてるのね」

「それなら良かったんだがねェ」

ここ海軍本部から向かうは新世界の島 パンクハザード。クザンには久々の長旅になる。決闘にふさわしい舞台だ。
勝った者が海軍の元帥の座につき、負けた者に帰る席はない。勝者がただしい道となる、まさしく正義論で決着がつくのだろう。

「あなたが負けたら……」

自転車に跨がった彼を引き留めるように フィオは口を開いた。

「あなたが負けたら、私の努力は水の泡だわ」

フィオのきりりとした瞳がアイマスクで隠れているせいで、表情を伺い知ることはできない。

「一体なんのためにこれまで任務を続けたと思っているの?天竜人の怒りを沈めるためにマリージョアに出向いたり、モビーディックに乗り込んで白髭の部下を調査したり、ポートガス・D・エースの出生の裏取りまで……」

「……」

「私は海軍なんて信用しちゃいないわ。あなたの掲げる“正義”を信じてたからよ。全部。それなのに」

「あいにくだが、どうなるか 先のことはおれにも分からねェのよ。幻滅したならそんときゃ お前はお前の記憶を消せばいい」

「ひどいひと。私が自分の記憶を消せないこと、知ってるくせに」

ひび割れた地から海へ向かって、一筋の氷が張る。地平線へと細く続く糸のような道が、クザンのレッドカーペットだ。

たしかに。
これで最後になるかもしれねェな。
ちょっとした感傷に浸ったクザンは、フィオをはじめて問い質した。

「フィオ」

「なあに」

「あー……その、何だ。これまで 何でおれの記憶を消さなかった?」

「ばかね」と、フィオはアイマスクを目元で押さえつける。

「決まってるじゃない。ここへ戻ってくるとき、わたしはいつも三等兵からやり直しなのよ。みんなを知ってるのに何度も“はじめまして、フィオと申します”だなんて…わたしを忘れないでお帰りっていってくれる人をひとり選べといわれたのよ、おつるさんに」

いよいよペダルに足をかけると、氷のレーンに車輪は勢いよく回り出した。

「フィオ。おれが勝ったら、お前を海の泡じゃなくて、本当の自由にしてやるさ」

「…あららら、ってところね」

人の口癖まで奪う、本当に殊勝な女。
もっとも、アイマスクから大粒の涙さえはみ出て流れていなければさまになったんだが。
クザンは自転車をゆっくり漕ぎ出した。

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