“Fare, Fare, Krigsmand! D den skal Du lide!”
あの頃は良かった、なんて懐古は、年寄りのはじまりか。
昔むかし 部下のフィオがあまりにも寒い寒いと口うるさく言うものだから、クザンは飲みかけのグラスを彼女に渡した。
東の海の酒だった。シェリー酒に比べてそれほど口に合わなかったものだし、黙らせるついでに。勧められたフィオは底の深い硝子に指を這わせ、「なあに、これ?」赤紫のみずうみをしげしげと覗きこんでいた。
「サングリアってんだ。まァ、飲んだらわかる」
「みあげたものね。勤務中の13歳の部下にお酒をよこすなんて」
常なら子ども扱いを嫌う。そのくせ、ここぞというときに嫌みたらしく言い訳に使う、都合のいい御身分だ。フィオは恐る恐るホットサングリアのグラスを傾けていた。
「にがい」
「ハハ」
「つむじがキンとする」
いつも邪険にされてる仕返しとばかりにクザンは笑った。
「喉も燃えてるみたい……」
「これが大人の味ってもんよ」
「大人って変な生き物ね。果物だってそのままのほうがずっとおいしいのに」
と言いつつもフィオは二口目を含み、浸したオレンジを摘まんでかじり始めている。
クザンは笑いながら引き出しに隠し持っていたシェリー酒を引っ張りだして、透明なグラスになみなみ注いだ。やはりこっちのほうが性に合う。世界一、いかした酒。
「やっぱりお嬢さんにはまだ早ェか」
「こどもだからって甘く見てると痛い目にあうわよ」
「ヘェ どんな?」
「わたし、大人になったらヒナさんみたいに胸もおしりも大きくてセクシーになるわ。あなたきっと後悔するのよ。こんな美しいレディになるなら優しくすべきだった、なんでも願いを叶えてあげておけば ってね」
「ほォ……じゃ今のうちに優しくしとこうじゃあないの。お姫さんは何がお望みで?」
「そうね…」
*
そのときクザンに出された要求は、おひとつ何百万ベリーもするクリミナルのバッグやジュエリーが欲しいだとか、1ヶ月の有給休暇が欲しいだとか、そういう類いのものではなかった。
“凍った海を渡ってみたいわ。
明日、あなたの自転車のうしろに乗せて”
なんといじらしい願いだったろう。
だがその約束は申し出た彼女のほうから裏切られた。
次の日クザンが本部に顔を出すと、フィオは跡形もなく“消えていた”。誰に聞いても、彼女の所在はおろか彼女のことを覚えている者は誰ひとりとしていなかった。クザンへ彼女を遣わした張本人である魔女のような婆さん おつる ただひとりを除いては。
全員に魔法をかけて一年後、極秘の諜報任務を終えたフィオは、新兵として入隊した。正しくは“再入隊”なのだか、これを知るものもまた、おつるや青キジたち三大将、そしてセンゴク元帥を除いて兵の中にはひとりとしていない。
彼女は凍れる安心の部屋から滑り落ち、
紙のような船で旅をして、
命からがらにまた氷の部屋に帰ってきた。海賊たちの情報を手土産にして。
「今日から青キジ大将の元でお世話になります、フィオと申します。…なんちゃって」
急にいなくなって、また新しく配属されて。
クザンはそのたびに 彼女がむかし取り付けた約束について、忘れておいてやろうと白を切るのだった。
Den standhaftige Tinsolda=すずの兵隊