ガン!
ああ なんかすごくいい女の子とイイ感じになってたのに。
終わりはいつも、目覚めと共に。
心地よい夢の楽園は、突然の騒音で呆気なく幕を引いた。
視界はぼんやりと灰色がかっていて、徐々にアイマスクの感触がはっきりしていく。カツカツカツ、わざとらしくヒールの音が響く。
「この部屋寒いわ」
フィオのおきまりの文句だ。
クザンを粗末に扱える部下といったら、海軍本部において彼女のただひとりしかいない。彼女、と呼べばすこしばかり上品な聞こえがするが、その人物は世間のレディとは天と地ほどかけ離れている。とんだ暴れ馬だ。
このまま狸寝入りをとおして白を切る……のは赦されないらしい。
「ねえ、いつまでそうしてるの お山の大将さん」
強引な手捌きでひとの愛用のマスクを奪い、目の前に佇む自称レディ。差し込む光に眩み カモメ眉を歪めて見せた上司にはおかましなしだ。
「なんだァフィオ、こんな朝っぱらから」
「もうお昼よ。午後は五老星と会議の予定でしょう。急がないと遅刻よ」
ようやっと鮮明になった瞳で、クザンはフィオのさざなみのような長い髪を捉えた。
「お前ェ 部下ならもっとおれを労ったらどうなの」
「あなたに優しくしていったい何を返してくれるの?」
「昇格と昇給」
「わたしには縁のない話題ね」
長いまつげを瞬かせ、不機嫌そうにクザンを睨んでいるフィオ。海軍大将に物動じしないその堂々とした立ち振舞い、とても十代の女の子とは思えぬふてぶてしさだ。
クザンはスツールの肘掛けをなぞり、デスクに引っ掻けていた長い両足を組み替えた。
「早くしてったら」
「焦らなくてもいいでしょうが…目覚めにはキスがつきモンだろ?」
「!」
「くれよ。レディ」
フィオが頬から耳までを林檎のように赤らめた、その一瞬をクザンは見逃さない。上司にわざわざ高飛車な口を聞いて煽っても所詮は年相応のレディ、駆け引きには弱いもの。
「悪い冗談はよして!」
せめて本部勤めの期間くらいは甘えれば良いのに。プライドばかり一人前に育っているようだ。
会議はだるいけれど このお嬢さんの後ろをついてって真っ赤な顔を見物するのはいいかもしねェな。
クザンはあくびをひとつ漏らして、部下のフィオが逃げるようにして出ていったドアから顔を覗かせる。逃げ足は早く、そこにはシンデレラの靴かたいっぽうすら見当たらなかった。
「あららら。つれねェの」
そう。忽然と、彼女は24時の鐘も待たずに消えてしまう。
Cinderella=灰かぶり