▼預けるからな
難解な調合表を何度も確かめながら、乳鉢に薬草をひとつ、またひとつと足す。
この薬を作るよう指示した綱手様は、新しい弟子 サクラを指導してるか はたまた逃亡しているか、いずれにしても行方不明で付き人さんを困らせている。わたしのこの調合もこきあつかわれているといって正しいだろう。
真昼の静かな医療班。長時間の仕事の合間、今日何度目かの欠伸を噛みしめていると、勢いよく扉を開いて色の派手な少年が入ってきた。
「やっぱここだったってばよ!」
軽い金髪が陽に透けた。
「シズク、何してんだ?」
「みてのとーり仕事!綱手様に頼まれてね」
「ばーちゃんってば人使い荒いってばよ」
ナルトはけらけら笑って 頭の後ろで手を組んだ。重傷だったわりにはあっさりと回復して、チョウジ君やネジ、キバよりも早く退院したのだ。もう元気に走り回ってると聞いた。
「へェ…シズクってこんなトコで仕事してんだァ」
研究室がもの珍しいのか、丸い目をくるりとさせて部屋を見回すナルト。植物やら器具やら、無造作に積み重なっているのが、けっこう気に入ったらしい。たぶん自分の部屋の散らかった感じに似ているからだろうな。
「ナルト、どーしたの?なんか用があるんでしょ」
作業を続けながら問うと、ナルトはあっそうだってばと 言ってくるりとこちらに向き直った。
「手ェ出してくれってばよ」
「なあに?」
手のひらだってばよ。ナルトは自分の右手を出して促してくる。わたしも真似をして てのひらを差し出すと、彼はあいているほうの左手でポケットをがさがさと探って、銀色の鍵をわたしの手においた。
「カギ?」
「あのさあのさ、オレってばエロ仙人と修行に出るから しばらく家にいねーの。だから預かっててくれってばよ」
「修行?」初耳だった。「どれくらい留守にするの?」
「んーっと、二年くらい?」
「なんで疑問形なの…」
手のひらにそれを受け取ったまま呟く。
自来也様と修行?二年なんてそんな、かなりの長旅じゃない。
出て行くんだ。ナルトも。
「わたしにほいっと預けていいの?」
「オレんちのもっちー君とかの世話みてほしんだってばよ」
「もっちー君て…あ、前にもらったツッキーくんの仲間?」
「そーそー!」
大雑把なナルトが意外にもカンヨウショクブツを趣味にしていて、毎日欠かさずに水をやっているのを知ったのは、下忍になってからのことだった。誕生日にナルトから小さな鉢植えを貰って知ったのだ。
「ってことでお世話よろしくな!」
「えっわたし?めんどくさい」
「シカマルみたいなこと言うなってばよ!」
「枯らしちゃうかも」
「ひでェ!」
「いのんとこにおいて面倒みてもらうのが一番いい気がするんだけどな」
「シズクがそうしてーんならそれでいいってば、とにかく預けるからなっ!」
オレもういくから、と踵を返して研究室から出て行こうとするナルトを、ジャケットの端をつまんで引き止める。
おそらくその修行の旅は、これまで自来也様がひとりで行ってきたように、里外をあてどもなく周遊するものだろう。力をつけるため。そして、おそらくは、あの“暁”とかいう組織の追及を巻くためだ。
暁。
うちは、イタチ。
「ナルト!」
名前を呼ぶと、まんまるい青の目が振り返った。
「なんだってばよ」
「……あのさ。ナルトは…なんで……」
なんで追うの。追えるの。そう聞きたかったのに、うまく尋ねることができない。
消えた友人をいつまでそのままにしておけるだろう。サスケがいなくなった実感がないのに、すでに忘れかけている。サスケのその声 笑い方。任務で一月里を離れているのとは違って、今回はサスケが、自分から帰ってくることはないのだから。
わかりあえると思ってたんだ。殴って怒鳴って泣き合えばやり直せると。けれどその考えは甘かった。サスケの絶望はそれよりも深かった。
こんなに傷ついて泣いてこれからも傷つくかもしれないのに、それでも信じられるの。望んでも無駄だと突き放されたというのに
「サクラもナルトも どうして信じてられるの?」
「……オレってば覚えてんだ。サクラちゃんとシズクと、あとカカシ先生とさ」
「…」
「それにシカマルたちとか、あいつらも。サスケのことちゃんと覚えてるはずだってばよ。な?そーだろ?」
自分に言い聞かせるように笑ったナルトは、少しも泣きそうに見えなかった。
わたしは頷く代わりに、薬棚の引き出しを引っ張り その中の包みを掴んだ。
「ナルト、この薬持ってって」
「え、いーの?」
「これあげる。これも…それも、あとこっちも」
手当たり次第に小袋を取り出して、ナルトに突き出す。
「ちょ、こんないらね!持てねえってばよー!」
非難の声は無視した。
「いくら自来也さまと一緒でも、長旅なら何かと物入りでしょ。薬は高くつくし」
「おもてー」
「巻物収納も教えてもらいなよ。そしたら楽ちんだから。タダにしてあげてるんだから感謝してよ」
あと綱手様にはひみつね。わたし殺されちゃうから。
言うと、ナルトがけらけら笑った。
「すっげー強くなってやるってばよ。シズクも守れる位な!」
ナルトが屈託のない笑顔で拳を差し出してきたので、わたしも同じく手を丸く握りこんと軽い音を立てて合わせた。言葉のいらない仲間の証。
これからサスケは笑えるのかな。いや、心の底からほんとに笑えたことあったのかな。サスケくやしいよお前を知らなかったことが。ひとりで決めてしまったこと。
あかるい世界であなたのことを考えていた。
君と出会えたことさえ今は、幻みたいで。
忘れたくないよ。
- 85 / 501 -
▼back | novel top | | ▲next