▼ごめんなさい

大人の手を借りずにオレたちの仲間を自分たちだけ連れ戻そうと里を発ち、必死で駆けずり回った。
戦った。それでも任務は失敗。
サスケは里を出て行った。
情けねェな。同じ結果を辿るならもっと早ェ段階で任務中止してりゃ誰も傷つかずに済んだはずだ。

「……意気地なし」

危険な目に合った仲間たちから逃げ出そうとしたんだし、そう言われて仕方ねェよな。



「シカマル、歓迎会開いてやるから来いよ」

と、任務帰りに強制的に連れてこられた火影邸の宴会場。新人中忍の歓迎会と銘打っては実のところ中忍試験の実行委員会の打ち上げであるらしく、試験官やら見覚えのある顔が、ちらほら。上忍 特上中忍かなりの人数で賑わってた。人手不足の割にはメンツ揃ってねーか?これを見たら木ノ葉未曽有の危機とやらは嘘かって思うだろ。

「酒足りないわよ!早く追加しろ!」

最初こそ歓迎会らしく、みんな時折酒を煽る程度だったが、開始から30分で半数がただの酔っ払いと化し見境なく暴れ始めた。
眼前に広がる大人たちの屍をよそに新しい火影は、一升瓶を揺らして追加の催促をしていた。こうなることはわかっちゃいたがちょい早すぎねーか。飲むわりにどんだけ弱いんだよ。忍の三禁にリーチかけて、あんたらほんとに忍か。今襲撃されたら今度こそ木ノ葉は終わるんじゃねえか。

「シズク、こっちお酌」
「はーい」

酒の飲めないオレは精々たかられないよう隅に紛れてやり過ごしてたが、他方 もうひとりの中忍昇格者のシズクはあちこち回っては酒を注いでいた。

「五代目に弟子入りしたって?年頃にゃ五代目みてえに手に負えなくなっちゃうんだろうなぁ。今のうちに口説いとかねーとな!」

中忍のひとりが真っ赤な顔でオレの幼なじみに詰め寄っていた。

「もー。これで最後にしてくださいよ」

笑って聞き流し 顔をあげたシズクと目が合った。
伏せ目がちに、すぐ逸らされて、オレも視線を卓上の皿に移す。メシが食えるようになったチョウジへの次の手土産をなににするか、他愛もない明るいことを考えようとした。

大人になったらとか夢みてェなことじゃなく、酒の飲める年になったらあいつらとも こんなふうにカッコ悪くだらしなく飲むんだと、当たり前にそう思ってた。それが崩れて、サスケはいなくなった。オレたちにもわからない、事情を抱えて。
ナルトは諦めねーと宣言し、傷が治ったら修行の旅に出ると言っていた。サクラは五代目に弟子入りして医療忍者を目指してるらしい。サスケを目標とした修行だが、いずれにせよ第7班は、これから全員バラバラの道をいく。
シズク お前はどうすんだと、聞けない自分がいる。


宴会の場がひどく遠くに感じられて、静かに席をたった。

「おいシカマル 主役のひとりがどこいくんだよー」 

「あー……ちょいトイレいってきます」

尚も続く酔いの深い声に振り向かずに、夜の空の下に出た。火影邸の広いテラス 里を見下ろせるあたりまで歩いて腰を下ろす。離れた宴会場で笑い声が響く。
いつの間にか季節は過ぎ、少々肌寒くなっていた。忍になって、試験があって、短い戦争が起きて、奪還任務に失敗した、めまぐるしい一年。足元の、薄い影を見つめた。


「そこ 寒くない?」

追い風に乗って鼻を掠めた、近づいてくる匂いが誰のものか、言うまでもねェ。

「お前まで抜けてくんなよ」

「みんな酔ってて気付かないよ」

「それもそうか」

月明かりに照らされた影が淡い。

「シカマル」

すぐ近くなって同時に首に重みを感じた。三角座りした背中にぴったりくっつくように、シズクが抱きついてくる。

「お、おい!?」

「ちょっとだけ…こうしててもいい?」

しおらしい、らしくない声色。泣きそうなくらいにか細いく耳元に届いた。

「……おう」



「ごめん」 


長い沈黙を 小さな声が遮った。

「シカマル、ほんとにごめんなさい。かっとなってわたし あんなひどいこと」

「お前が謝ることじゃねェよ。オレに意気地がねえのは当たってんだし」

「そんなことない!」

「あるだろ」

「シカマルが隊長だったからみんな帰ってこれたんだよ!」

違う。それに、みんなじゃなかっただろ。
守りきれなくて、運良く周りに助けられただけだ。シズクの腕にいっそう力がこもり、密着した背中から、アイツの鼓動が聞こえた。

「……シカマル、忍 やめちゃうの?」

そういや、途中にいなくなったから泣き顔を見られなくて済んだんだっけか。コイツの前で泣き顔なんか、一番見られたくなねェしな。こっ恥ずかしい青臭い意地。情けねーカッコ悪ィ姿なんて、もう知られてるがよ。

「……やめねーよ」

あの任務は終わったけど。

「まだ終わってねェからな」

仲間の不在が、同期にも奪還メンバーにも里にも課題をつくっていった。変わる認識。変わらない現実。抱える荷物。オレもまたいつか動くことになる。仕切り直しだ。

「よかった……」

シズクの声が震えている。

「シカマルに会いたかった。ずっと話したかったよ。任務に出たって聞いたとき、本当にこわかった。このところ、すっごくさみしかった」

つっかえていたものがはずれたみてェだな。シズクから流れてくる言葉は全部、素直な感情の塊だった。わかっちゃいたが、ひどく心配させていたんだ。オレに置き換えてみりゃ、親父やかあちゃんが任務から戻んねェ恐怖を味わうようなものなのかもしれねー。

「ぶじに帰ってきてくれて、よかった」

巻き付く腕。首をそらして振り向くと、肩に顔半分を埋めじっとこちらを見つめる、シズクの潤んだ目。
お互いに、もう視線をそらさねェ。

シカマル。
顔を赤くして涙目でまっすぐ呼ばれた。せつなそうな表情に、思わず動揺する。
幼なじみで同期で同僚で、どうにかしたい相手が、目の前で女みてェな顔してる。そんな表情されっと、何も言わずに黙ってなんかいられるか。触れずにいられるかよ。
ごくり。唾を飲みシズクと名前を呼ぶ。
体を向かい合わせて距離を詰める。首に腕を回されたままだ。少し、あと少しと距離を縮めていく。逃げねぇどころか、待ってんじゃねーかとさえ感じられて。
互いの鼻先がぶつかるところで感じた、アルコールの匂いが……

……アルコール?

「酒くせっ」

頭をくらくらさせる特有の匂いに反射的に体を離すと、シズクがへろりと笑ってぐらぐら揺れた。

「シカマル…三人に見える。いつ分身したの」

「お前まさか飲んだのか!?」

「飲んでらいよ。紅センセがちょっと苦いジュースくれて……」

「それ酒に決まってんだろ!お前、毒には耐性ある癖してアルコールにゃねーのかよ!」

「おさけ?うそだあ」

「ハア……めんどくせェ」

シカマル、と迫ってくるシズクの顔押し退けて、肩貸して歩かせて、なんとか冷静に対処する。
あのままキスして酒の所為にできたのかと考えると、惜しかった気がするが。仕方ない。この手の残念なとばっちりにはすでに慣れてるしな。気づかない鈍感なシズクにも、だめな酔っ払いの懐抱の手順も。
家に送るとしてもまずは水。暴れ出したシズクを引きずって宴会場に戻ると、完全に出来上がった状況のコテツ先輩が飛び出してきた。

「お!いたいた、シズク!オレと野球拳しよーぜ!」

「は?」

「中忍歓迎会の伝統なんだよー。な?」

うそつけ。んな伝統あってたまるかよ。つか13の後輩脱がせるとか犯罪だろ。

「いいですねえ!受けて立ちまひょ〜!」

「バカやるなって!」

「よっしゃあもらったァ!」

「やべぇ……」

あんたら変態か。会場に歓声が沸きかくして野球拳が始まり、シズクは一枚も脱がずに、酔っぱらったコテツ先輩をパンツ一丁にした新人として 翌日話題は持ちきりになった。
あれがカカシ先生とオレの一日限りのコンビネーションだと、アルコールが回っていたシズクは気がつかないだろう。 あのあとオレがおぶって帰り、筋肉痛に悩まされたこともだ。

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