▼焦走
カカシ先生に首根っこを掴まれてなければ、多分わたしは一目散に正門まで瞬身していたと思う。
「シズクちょい待ち。お前はここで待ってなさい」
「無理だよそんなの!」
「まったく……お前まで里を飛び出しかねないな」
「コラコラ!お前たちの次の任務はもう決まってんだよ!」
任務依頼書片手に眉を釣り上げる綱手様に カカシ先生は「すぐ戻りますんで」と告げて背を向けた。
つられてわたしもようやっと扉に手を伸ばせたけれど、依然としてカカシ先生は、わたしの腕を掴んだままだった。
「仕方ない……お前もついておいで。医療忍者が必要な頃合いかもしれないからな」
ナルトとサスケの匂いを頼りに、先生は口寄せの術でパックンを呼び出した。そのとき先生とどんなやり取りをかわしたのか、まるで覚えていない。
とにかく死に物狂いで走った。
枝や葉が体に小さな痛みを作るのもなりふり構わずに。
森が開けると、惨状が目に飛び込んできた。
地が抉れるような激しい戦闘の痕に、大柄の音忍がひとり、倒れていた。さらに森に足を踏み入れると、所々の木に矢印が彫られているのが確認できた。
一筋の光の下、木に体を預けて首を垂れている忍を、見つけた。
「……チョウジ君…?」
思わず見間違えたかと思った だって 彼にしては体が細すぎるのだ。
「チョウジ君っ!!」
震える声で何度も名前を呼ぶ。答えはない。胸に耳を寄せて心拍をはかると、今にも途切れてしまいそうで。細胞が急速に衰えていく。チャクラも風前の灯火。慌てて治療を始めた。
「シズク、様態は」
「一刻を争います。掌仙術の応急が終わったら里で呪印治療と秘薬の処方が必要になる」
「影分身に運ばせよう」
秋道一族は陽のチャクラを引き出してパワーを得るため、特殊な丸薬を使うと聞いたことがある。
食い止めることができるのは奈良一族の秘薬だけ。里に戻っておじさまに知らせなければ。
影分身を数体作り、すっかり軽くなってしまったチョウジくんを背負わせる。影分身たちが走り出したのを見送り、オリジナルのわたしはカカシ先生と一緒に先へと急いだ。
「綱手様の情報によれば 手引きの忍はあと四人もいる…」
「あいつらは音忍を足止めするために 1人ずつ欠いて進んだんだろう」
仮にリーくんや砂忍が合流していたとしても、奴らは特別上忍を倒す相手、しかも大蛇丸の手下だ。
里よりも国境に近くなってきたあたりで、吐血の痕跡が目立つようになってきた。再び戦闘のあとを見つけた。森の高い木立の陰を縫うように光が差し込んでいる一角、伏した長い黒髪がきらきら光って見えた。
「そんな…ネジまで…っ!!」
駆け寄って目に入ったのは体に開いた風穴と、穏やかに笑んだネジの顔。木ノ葉崩しのときの三代目様の最期が重なって見えた。
「ネジ!!だめだよ……なんとか言ってよ」
いやだ。まだ息があるのにそんな顔しないで。せっかくなら元気なときにその穏やかな顔を見せてよ。これが最期みたいな顔、しないでよ。
「お前はネジを背負って病院へ急げ。間に合わなくなる」
「カカシ先生、」
「だいじょーぶ。サスケもみんなも、ちゃんと連れて帰ってくる。五代目の話なら砂忍の増援が先の小隊のもとに到着してるはずだ。一人一殺ほどの劣勢でもないだろう」
「……わかりました。お願いします」
光のさしこまない、深い暗い森。
ずっと向こうに音隠れへ道が続いている。
今も誰かが戦ってる。
シカマルが、みんなが。他の仲間が意識もなく倒れているかもしれないと、そう思えて仕方ない。
みんな、どうか無事で。
心の奥でつよくつよくみんなの名前を呼んで、振り返らないように、もと来た道を辿った。
「戻る場所なんて必要ねェ」
最後に会ったサスケの低い声が、まだ頭の片隅に残ってる。
木ノ葉の忍にとって里抜けは重罪。けれどサスケは、罪より罰よりもっと重いものに沈んでいこうとしてる。仲間との決別。因縁。復讐。選んでしまったらもう、境界線を踏み越えてしまったらもう帰れないところへと。
ねえ、そんな簡単に手放しちゃだめだよ。
「わたしは月浦シズク。よろしくね、サスケ」
「…よろしく」
里に戻る途中、記憶の中の幼い顔を思い出して、知らないうちに涙が零れていた。
こんなに呆気なく壊れてしまうのはなぜ?
どうして、憎しみは愛より深く刻まれるの。
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