▼埋まらない空白
新品の中忍ベストが体に馴染まないうちに、中忍としての初任務の日がやってきた。
ランクはA。里外任務で、ちなみに病み上がりのカカシ先生と一緒…の予定なんだけど、いつものごとく、カカシ先生は集合場所に現れない。カカシ先生って、第7班との任務じゃなくても時間にルーズだったのかなぁ。まったくもう。
姿を見せないカカシ先生を探しに、見晴らしのよい場所を移動しながら、気づけば里の中心部までやって来ていた。
先生を探していた、そのとき。見慣れた建物―――木ノ葉病院の屋上と晴れ渡った青空のあいだに、火柱が立ち上るを目撃した。
「!?」
見覚えある、なんてものじゃない。
あの術はわたしのチームメイトの得意とする火遁だ。
急ぎ近くまで走ると、煙を巻いた病院の屋上に見慣れたシルエットが、ふたつ。
「サスケに…ナルト!?」
技をかけあう二人の目は、どうみても修行や忍術組み手のそれじゃない。いつもの痴話喧嘩じゃないなら、一体なに?
サスケはカカシ先生から伝授された“千鳥”を繰り出し、ナルトはナルトで、あたらしく覚えたのか、見たことのない忍術を手にしていて。
術を手に接近したナルトとサスケとの間に、突としてサクラが飛び出してくる。
「サクラっ!?」
「二人ともやめてェ!!」
あの二人の術をまともに食らったらただでは済まない。それを判ってて仲介に入ろうとしたサクラ。
空中で身動きの取れない二人を制止し 窮地に現れたのは、他でもない、カカシ先生だった。
「病院の上で何やってんの?ケンカにしちゃちょいやりすぎでしょーよ。キミたち」
*
黒い影を追って、屋根づたいに移動する。
わかってた。
ずっとわかってた。サスケが切望しているもの。
気づいていながら、みんな何も言わなかった。
心は通じあってるって、信じたかった。
人気のない通り、一際高い木の上にサスケの姿を見つけ、傍らに降り立つ。
なんて声をかけたらいいのか、迷ってしまう。
「サスケ 戻ろうよ」
戻ろうよ、みんなのところに。考えあぐねた末がこんな呼び掛け。なんだってこんな大切なときに、相応しい言葉が思い付かないのかな。
「オレに構うな」
「でも」
「世話焼くなら他をあたれ。いい迷惑だ」
会話と呼べないやりとりはすぐに途絶える。
「サスケ」
わたしは深呼吸し、戸惑いながら沈黙を遮った。
「うちはイタチを追っても、きっと苦しくなるだけだよ」
「……なんだと?」
サスケはぎりりと歯を食いしばり、俄に吼えた。
「わかったような口きいてんじゃねえよ!オレから見れば、ヘラヘラ笑ってるお前が理解できねえ」
「……!」
「お前はそれでいいのか?お前の親を殺した人間がまだ生きてたら黙って見過ごせるか?お前だってわかる筈だ」
わかってる。わたしの今の状況が、自分の問題と向き合わずに済む逃げでもあること。仇を追わなければ置き所をみつけることができない場合だってあることを。
それでも。
「復讐の先に何があるのか、わたしは……怖い。サスケは…もとに戻れなくなっても怖くないの?」
「なんだろうがオレはそれでいい。里だの仲間だの下らねェ馴れ合いにはうんざりだ」
「馴れ合いなんかじゃない!仲間だよ!ナルトもサクラもカカシ先生も、みんな…っ!」
「…」
「みんなのところが…戻る場所でしょ。サスケだって」
「戻る場所なんて必要ねェ」
なぜだかリーさんの笑顔を思い出していた。サスケも、ほんのかけらでも希望や夢を信じて、屈託なく笑ったときがあった?うちはの一族やお父さんやお母さんが生きていた頃はそうだった?想像したら、悲しくてやりきれなくなった。
こんなの、眠りがさめないままに悪夢を見続けてるみたいだ。幸せにならないことを決意した人に、なんて声をかければいい?
ねえサスケ、明日を望んでよ。
立ち上がって再びどこかへ去ろうとしたサスケだったけれど、北の方角からワイヤーがするりと伸びてきて、その体を真後ろの木に拘束した。
ワイヤーの線を辿ると、そこには、サスケを追ってきたカカシ先生の姿が。
身動きがとれなくなったサスケは、反抗的な目でカカシ先生を見上げて言った。
「何のマネだ!?」
「こーでもしないと お前逃げちゃうでしょ」
「先生……」
大人しく説教聞くタイプじゃないからね。そう悠長に言う先生に、サスケが舌打ちをする。
担当の上忍師として、写輪眼を扱う忍として、サスケはカカシ先生を一目置いていたのに 今日の態度はあからさまだ。
「サスケ、復讐なんてやめとけ。ま こんな仕事柄、お前の様な奴は腐る程見てきたが 復讐を口にした奴の末路はロクなもんじゃない。悲惨なものだ」
「アンタに何が分かる!!知った風なことをオレの前で言ってんじゃねーよ!」
微妙なバランスを保っていた。それだけに、この絆は、傷つけようとすれば呆気なく揺らいでしまう。
幼いころの喪失。
仇との再会。
力を欲して焦り。
「何なら今からアンタの一番大事な人間を殺してやろうか!今アンタが言ったことがどれ程ズレてるか 実感できるぜ」
「サスケ、なんてこと言って…!」
サスケは邪な笑みで挑発をしかけた。しかし先生にとってその行為は、稚拙でしかなかったんだろう。
「そうしてもらってもけっこーなことだがな。あいにくオレには一人もそんな奴はいないんだよ」
会話に付き合いながら、やおら先生は笑った。
「もう みんな殺されてる」
と。
「オレもお前より長く生きてる。時代も悪かった。失う苦しみはイヤってほど知ってるよ」
その言葉に対してあまりにも穏やかすぎる笑みで、サスケは自暴自棄から我にかえったようだった。
オレもお前もラッキーな方じゃない。
それは確かだ。でも最悪でもない。
サスケを拘束していたワイヤーを解きながら、カカシ先生はそう続けた。
「オレにもお前にも、もう大切な仲間が見つかっただろ」
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