▼はじまりの日(上)

「早く起きなさい!」

それが、目覚め一番にシカマルが聞いた声。母親のヨシノが騒々しく、どういうわけかいつになく早く起こしにやって来たのだ。

「はやくご飯食べて身支度すんのよ、シカマル。今日はお隣さんが引っ越してくるんだから!」

シカマルがめんどくさくて返事をしないでいると、さらにうるさくなる。

「返事は!」

「ハイハイ」

「ハイは一回!」

またどなり声。父のシカクいわく、奈良一族の男はみんなキョウサイカ。キョウサイカの意味を シカマルは前にこっそり親戚のおじさんに教えてもらったことがある。―――と、ここでシカマルの思考が、いましがた聞いた話題に逆戻りした。

「引っ越し?」

初耳だった。

身支度と朝食を終えるなり、シカマルは家の離れの掃除に駆り出された。
二階建ての円塔づくりの離れは、これまで書庫やら物置やらにしか使ってこなかった場所だった。母ヨシノ曰く、そこを住まいに貸すのだという。

「なんでウチの離れに人が住むんだ?」

訳がわからないままにひたすら労働。シカマルは午前いっぱいを雑巾がけの手伝いに費やした。


その“誰か”は、午後に現れた。

「おはようございまーす」

「お お出ましだ」

父シカクは呟き、箒を置いて離れから表に出る。面倒くさがりながらも シカマルも父と母のあとをついていくと、本家の玄関には背の高い女性が立っていた。

「由楽 来たな」

「お世話になります」

「ごめんねえ、まだ掃除が終わってないのよ。上がってお茶でも飲んで待ってて」

「とんでもない!無理いって急に貸していただくんだし、あとはやります」

「いーってことよ。気にすんな。荷物はそれだけか?」

「いえ、残りはカカシが運んできます」

寝癖ばかりの青い髪。父と母とその女性とは、けっこう仲がいいらしい様子だと、幼いながら洞察力の高いシカマルはそう察した。

「あ、もしかして、キミがシカマルくん?」

いきなり名前を呼ばれて、シカマルは目が合う。

「はじめまして。あたしは月浦由楽です。今日から離れに住まわせてもらいます。これからよろしくね、シカマルくん」

差し出された手を、シカマルはぎこちなく取った。
「よろしく…」と言い返そうとしたそのとき、シカマルは由楽の後ろに、隠れるようにしがみついている人影を見つけて、思わず目を丸くした。

「なんかいる」と。

「ほらシズク。隠れてないで挨拶して」

それでばれてないつもりだったのか。小さな影がびくりと震え、おそるおそる出てくる。
シカマルの前に立ったのは、同じ背丈ぐらいの女の子だった。

「え、え えと、月浦 シズクです。ごっ、5才です……
よ、よろ しく、おねがい します!」

ほとんど反射的に、シカマルは最近仲良くなったチョウジを連想していた。忍者ごっこをバックレたときに会った、あの気の弱いチョウジでさえ、自己紹介するときは嬉しそうに声を弾ませていた。それに、最近知り合った山中いのは、ペチャクチャとよく喋るタイプだった。
今目の前にいる女の子はシカマルと年の近いどのこどもたちとも違っていて、自分の名前さえうまく伝えられないほどに緊張している。

(名乗るだけでこんなに必死になるか?顔真っ赤にして始終カミカミじゃん……引っこみ思案ってやつか。めんどくせー)

怯えたような視線が交錯し、シカマルはなんて言うか、考えた。

「オレ、シカマルってんだ」

「……」

「同い年だぜ。よろしくな」


*

「シカマル、シズクちゃんと遊んでらっしゃい」

ヨシノにそう促され、連れだって庭先に来てみたものの、相手は一言として言葉を発しない。
シカマルは母が近くにいないのを確認してから縁側にごろっと横になったが、女の子はやっぱり戸口で縮こまっていた。

「シズク……だっけか。おまえも座れよ」

「う、うん」

やはりぎこちない。

「おまえ、いつも何してんの」

「え いつもは……外で遊んだり…」

「へェ」

内気な性格かと思いきや、これでいて活動的な性格なのかもしれない。

「オレはよく空みてぼーっとしてるぜ」

「空?」

「おう。空みてっと なんか落ち着くんだよなァ」

風にそよぐ綿雲を仰ぎながら、呑気に欠伸をするシカマル。シズクは何度か瞬きを繰り返してシカマルを眺め、おっかなびっくり、問う。

「……シカマルは、」

「?」

「わたしのこと 避けないの?」

「は?」

シカマルはなんのことだかわからないというような顔をして問い返した。

「なんで初めて会ったお前のこと避けるひつよーあんだよ?めんどくせー」

「め めんどくせー?」

「あ……また言っちまった。口癖なんだよ オレの」

「めんどくせー、が、くちぐせ?」

「おう。変か?」

「…ふふ。ううん。おもしろーい」

きょとん顔から一変。緊張で強ばっていたシズクの顔に、花のような笑みが咲いた。

(……笑った顔は悪くねえかも)

そう、不覚にも思ってしまったシカマルだった。

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