▼キス

(一人暮らしif)

夏の深夜4時に雨が降り出した。

網戸から湿気のふかい風がやってきて、あ、ふるかな、と思った。ぽつりと最初の雫がベランダに落ちて、せきをきったようにざああと降り出した。洗濯物をしまっておいてよかった。

網戸の隙間から水滴が飛んでくるのもお構いなしに、桟に座ってシカマルの帰りを待つ。雨の匂いが部屋中にふらふら漂い出す。

どどど、滝みたいに雨水が流れ落ちてきて、誰もいないひとりの部屋にうるさく響いていた。暗い明星、ぶううん、冷蔵庫が生き物みたいな音。


シカマルがこのアパートを選んだ理由は多分、窓が大きいから。空がよく見える。奈良一族の掟でちょっとの間自活するため家を出る、言われたときにはもう、この部屋に決まっていた。
関所まですこしかかる距離のボロアパート。周りに建物が少ないせいで、空が広い。ちょっと寂しいな、とはじめきたときに思った。きっとシカマルのことだ、中忍寮じゃ周りが騒がしくてめんどくせー、なんていうのが目に見えてるけど。錆びたドアにはさすがに眉をひそめた。いくらめんどくさがりだからって部屋探し位はしっかりしなよと。でも呆れて入った部屋は、きれいで一人暮らしにしては広くて、穏やかに明るかった。あの日は青空。今日は雨。

『ほらよ』
『合い鍵くれるの?やった』
『ちげーよ。こっちのが合い鍵』
『わたしにふたつ?』
『おう』
『なんで?』
『一緒に住まねーか』


思い出したら恥ずかしくなって、畳にごろっと寝っ転がってじたばたする。
わたしは小さいころ二年間奈良家に預かって貰って、それからは一人暮らし、医療班がハードになってからは木ノ葉病院の個室で寝泊まりするようになった。つまりシカマルからどんどん離れてるわけだった。でも当の本人が本家から離れるのは初めてで、内心ひどくはらはらしてた。はなれるの、いやだな。

荷物の半分がこの部屋にある。あとは木ノ葉病院の研究室と、実家に。家がたくさんある。なんかへんなかんじ。


カンカンカン、外の錆びた階段が高い音を立てた。

「おかえり」
「鍵くらいかけろ」
「わすれてた」
「あぶねーだろーがよ」

仰向けのまま顔だけ玄関に向ける。シカマルが玄関に腰掛けてサンダルを脱ぎ、また立ち上がる。足とズボンの裾だけ見える。

「お前任務は」
「終わった」
「医療班は」
「おやすみ」
「珍しいな」
「今日は午前もお休み。シカマルとイチャイチャしたくてお休みもらったの」
「へえ」

私の目はまだ玄関を見たまま。シカマルのちょっとおっきいサンダルと、わたしの小さなサンダルとふたつ。なんかいいなと思ったら、肌色の壁が立ちはだかった。焦点を調整した。シカマルの右手のひらが畳につく。顔をあげると天井ではなくシカマルの顔があった。覆い被さった体が近づくと、汗と雨の匂いも強くなる。


「帰ったばっかなのに」
「煽るからだろ」
「煽ってないよ」
「今してーっつったろ」
「シャワー浴びてよ」
「待てねえ」
「んっ」

シカマルの歯がわたしの鎖骨より下をはむと、体がびりっとした。肌が粟立ちそう。大胆だなあ。そっか、おじさまとおばさまの目を盗んでこっそりキスする必要もないんだね。

「たんま」
「待った無し」
「網戸だし、壁薄いし、ふ、聞こえちゃうよ」
「それもやらしーな」
「趣味悪い、っあ」

そのうち歯列をなぞられて黙るしかなくなった。口のまわりがべとりとして不快だけど、へんに興奮してきた。ぬるっと舌を絡めた。

「ご飯にする?お風呂にする?それともわたし?」
「今更聞いても手遅れだろ」
「だってこれいうの憧れだったんだもん」

舐められたくちびるがちょっとしょっぱい。シカマルのいつもより高い温度の手がTシャツの中を探り始めた。

君に雨のようにキス。世界の片隅、小さなふたりの部屋で、もうとまらない。
覚悟してね、わたし時間も止めたくなるくらい、あんなこんな奥の手を試すよ。
雨も朝焼けもとめたいくらいに、キス。

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