▼涙にきく薬


いのちゃんと仲良くなってからも、クラスメイトの女の子たちにすぐ立ち向かえたわけじゃなかった。私ひとりになったときにはチャンスとばかりに詰め寄って、また私のおでこをからかってきた。

「アンタさあ、イノと仲良くなったからって調子乗ってんじゃないわよ!」

投げられた言葉は棘みたいに胸に刺さった。言い返さなきゃ。でもやっぱり苦しくてうまく声が出なくて、両手を反射的に体の前で重ねた。やめてよ、と絞り出しても、彼女たちはひやかしは止まらない。
せっかくいのちゃんが励ましてくれたのに。私は泣き虫なまた……涙がぼろりと零れた。
そのとき、ある女の子が走ってきて。

「食らえ!シズクひっさつキーック!」

と言いながら、女の子たちに鮮やかなキックドロップを決めたのだった。彼女たちはきゃあと叫んで地面に尻餅をつく。

「よってたかってズルい!」

地面から体を起こした女の子集団に、その子は両手を腰に当てて怒っていた。

「なにがズルよっ」

「じゃあかかってきなよ!わたしは相手が何人でも負けないよ」

女の子グループに拳を構えて挑発する姿は、どこか楽しげで。女の子集団は、変人!とかなんとか文句を言いながら走って去っていった。
振り向いた顔で、私はその子が誰なのかやっと気付いた。

「サクラちゃんだよね。だいじょーぶ?」 

同じくのいちクラスの月浦シズクちゃんだ。
くのいちクラスの授業をサボってばかりの子。あんまりしゃべったことはないけど、いたずら好きで、隣のクラスのナルトとかいう男の子たちと悪さをしては、先生たちに叱られてる。髪もボサボサで服も男の子みたい。
シズクってぜんっぜんオシャレに興味ないし、男子と遊んでばっかでなんか変わってるのよねって、いのちゃんも話してた。

「あ!サクラちゃん泣いてる」

「えっ……あ、あの」

シズクちゃんは私の顔を見るなり、丸い目をさらにまんまるにして、ズボンのポケットに手をつっこんだ。

「これあげる!」

差し出されたのは、ピンクのあめ玉。

「あとこれと、これも!」

そう言って次から次へと包みを取り出してはわたしの手に乗せていく。色とりどりのあめ玉、チョコレート、ビスケット。宝石みたいにきらきらと光る。あんまりたくさん出てきて、手のひらで落とさないようにするので精一杯。

「甘いものは涙にきくお薬なんだよ。幸せの味がするでしょ?」

シズクちゃんはポケットから出した最後のあめ玉を、あーんして、と私の口にほうってくれた。
あまいはちみつの味、幸せの味。
こんなにニコニコしてる子だったんだ。甘さが口の中いっぱいにじゅうっと広がって、私もつられて笑った。

「ケンカ得意だからいつでもよんでねっ」

じゃーね、と走り出したその子に、お礼を言い忘れてしまった。帰り道、私のスカートのポケットは、宝物にあふれてこぼれそうになった。


それ以来、アカデミーで会ったらあの子に声をかけようとずっと思ってた。 

「シズクさんっ!もう生け花の授業は始まってますよ!一体何時だと思ってるんです!?」

「ごめんなさい…」

「はやく花を集めなさい!」

「はぁーい」 

その日、シズクちゃんはくのいちクラスを遅刻してきて、先生にひどく叱られた。シズクちゃんがくのいちクラスの着付けや生け花の授業をサボってばっかりだったのは、こっそり医療忍術の勉強をしていたからだと、もっとずっと後になってから私は知った。

「またシズクってば遅刻して、バカねー」

いのちゃんが声をかけると、シズクちゃんはパタパタと駆けてきた。

「時間ないわよ」

「助けていの〜。生け花苦手」  

「仕方ないから手伝ってあげるわよ。集めてる花見せて……って、なにこれ!花じゃなくて薬草ばっかじゃない!どうやって活けるのよこれ!」

いのちゃんが呆れながらシズクちゃんの両頬をつねるものだから、いひゃいいひゃいー、とシズクちゃんは変顔でジタバタしていた。
 
「キレーなお花じゃなくっても薬草はすごいんだよ?」

その言葉を聞いたとき、やさしい子なんだって思ったの。

「シズクちゃん、私も手伝う!」

「あ、サクラちゃん!」

「しょうがないわねー。私も花探してきてあげるー!」


明るくていたずら好きで、天然のくせして、本当は努力家で。普段は元気でナルトそっくりなのに、凛とした面影には、ひびのわれたガラス玉みたいに。それが私の知ってるシズクだ。
アンタには涙にきく薬をもらってる。
だから、恥ずかしいとこは見せられないわよね。

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