▼カカシの一日おとうさん
突然忍を辞めたことで、由楽は忍たちからかなりの非難を浴びた。戦後の人手不足は言うまでもなく、綱手様の弟子だとそれだけ期待も高かったのだろう。
顔に出さずとも、本人も相当堪えた様子だった。
由楽はきっとオレになにか隠し事をしてる。
それでも構わないと思った。由楽が約束通り、オレに相談を持ち掛けるようになったから。
かくいうオレも暗部に配属され、平時は身重のクシナさんを護衛にあたり 由楽に気を配る余裕もなくて。
だから時間を見つけては由楽の家へ行き、一緒に飯を食べ、シズクを預かった。同僚に目撃されるたび、隠し子だとか不本意な誤解されたり、おんぶひもでシズクをあやしているのを大爆笑されたり。
そんなことはしょっちゅうだった。
そうして季節は過ぎ 由楽とシズクの出会いから、5年が経った。
あっという間の歳月でも、振り返れば、あまりに多くを失った。
あの忌まわしき九尾の事件でミナト先生とクシナさんが死に、二人を失ったオレと由楽を支えてきたのは、たぶんシズクの存在。毎日少しずつ成長していく姿に オレたちは引っ張られるように生きている。
「かかしー!」
今日は由楽が珍しく里の外に出張だというので、代わりにオレがシズクの面倒を見る。
「カカシさん、でしょ。何回言えばわかるの」
「かっしー!」
「ハア……もういいよ」
シズクは病気のひとつもせずに、そりゃもう元気すぎる程にすくすくと育った。髪は寝癖か あちこちに激しくハネていて、容姿も服装も男の子のよう。そこらのこどもたちと何ら代わり映えのない あかるい子だ。
「さて 今日何して過ごそーか」
「サッカー!」
「サッカーね。じゃ公園に行きますか」
「やったあっ」
近所の公園まで腕を引っ張られて到着すると、ちょうどシズクと同じくらいのこどもたちが遊んでいた。オレとじゃなくてあの子たちと遊んでくれれば楽なんだけど。
「シズク、あの子たちに混ぜてもらえば?」
「……ううん。かかしとボール遊びするっ」
「はいはい 分かったから服引っ張んないでよ」
任務で長く里を離れ、シズクと遊ぶのは久しぶりだった。うちのなかにいるより外で体を動かすのが好きらしい。運動神経もいいのかもしれないな。
「ぱす!」
「結構うまくなったんじゃない、おまえ」
「へへ!」
自分が五歳のときはなにしてたんだろうと考えて、もう任務にかり出されていたと気づいた。
そういえば、父さんとボール遊びしたことなんて、一度もなかったな。
考えごとに気を取られて力が入ってしまい、蹴ったボールはシズクの頭を通り越してこどもたちのほうまで跳んでいく。
「あ ごめん」
シズクがパタパタと駆けていく。ボールをとろうとしたところで、ひとりの男の子が声を張り上げた。
「こっちくんな、よそもの!」
オレはショックを受けた。大人たちのなかには、シズクを敵の刺客と未だに信用してない奴らがいるけど、親たちの意識が浸透してるのか、まさか同年代のこどもたちまでシズクを避けてるとは。
あっちいこうぜ。そう言って、男の子たちは公園から去って行った。
シズクはボールを抱えたまま 立ち尽くしたように、ぴくりとも動かなかった。
「シズク」
泣いているのだろうか。
シズクに近寄ってしゃがみ、オレは顔を覗き込んだ。歯をぎゅっと食いしばって、潤んだ目の涙を堪えていた。
いったい何度、この子はこうやってやり過ごしてきたんだろう。
シズクはオレを見なかったけど、かわりにオレの手をつよく、握ってきた。
「カカシは “よそ”って、行ったことある?」
「…ああ、あるよ。木ノ葉の里の外は広くてシズクの見たこともないものばっかりだ。たくさん人もいる」
「じゃあ シズクのおかあさんもいる?」
由楽はシズクに、自分のことを名前で呼ばせている。お母さんと呼ばせないわけを、ちいさなシズクも なんとなくわかってるのだろう。
あまりにも酷じゃない。シズクはその質問を、他の誰にも、他ならぬ由楽にも、問えなかったんだろう。そしてこの問には、答えられない。いや 答えられたとしても、どうだっていうんだ。
答えないかわりに、オレはそのちいさな手を、しっかり握り返した。
*
由楽の部屋に帰ると、見慣れたサンダルが玄関に揃えられていた。
「おかえりぃ」
その声に、シズクはダッシュで廊下を駆けていく。そして嬉しそうに由楽に抱きついていた。
「由楽さん!おかえりなさい!」
「シズクごめんね。寂しかった?」
「ううん。かっしーといたもん」
「よかったねシズク。たくさん遊んでもらって。カカシ、おかえり」
「…ん」
その後もシズクは由楽にべったりくっ付いたまんまで、寝付くまでにしばらくかかった。
オレが公園でのことを話すと、由楽は重い溜め息をついた。
「やっぱり。時々あるんだよね」
「どうするの」
「大人はともかく、こども相手に説得なんてわけいかないしなあ。シズクがどうしたいかもちゃんと聞かなきゃなんとも」
「……」
すやすや寝息をたてるシズクの頭に、由楽が手を伸ばして撫でる。さっきまでため息をついてた由楽はどこへやら、急に優しげになった表情に、その変化に、オレはなんだかついていけないときがある。
「カカシ、それとね。近いうちに引っ越そうと思うの」
「……そう」
ついにここもだめかと、オレは内心ひとりごちた。二人はこの5年間でアパートの入居を度々断られては、引っ越しを余儀なくされているのだ。いつだったか、だれかに部屋に入られて、荒らされていたこともあった。例の、一部の大人たちのちっぽけな噂話によって。
「部屋探しも骨が折れるね」
「大丈夫。実はアテがあるんだ」
「アテ?」
「うん。いいアイディア思いついたの」
「ほんとに」
「ほんとに今度こそ、だいじょーぶ」
アテって、もしかしてあの人のこと?脳裏にはある人物が過ったが、いまさら聞くのもなんか野暮ったくて、オレはふうん とだけ頷くだけにした。予想が当たってたら嫌だなと思ったことも秘密。
オレの気も知らないで、由楽は笑って、ふたたびシズクの頭を撫でていた。
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